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週の真ん中に鳴る鐘の音は。



最近、雑誌やライブの宣伝を通じて、“水曜日のカンパネラ”というユニットのことを知った。初めはあまり興味を抱けなかったのだが(『私を鬼ヶ島に連れてって』のパッケージが醸し出すイロモノ感に気持ちが引いてしまったのである)、ふと興味本位で動画を検索してみたところ、見事に心を撃ち抜かれてしまった。サウンドの良さもさることながら、それらしき単語の羅列にしか見えない歌詞の絶妙な締まり加減がとても魅力的に見えた。ふざけているようなのに、その根っこには本気が感じられ、でも、やっぱり何処か、人を食ったような。掴みどころのなさに自由を感じてしまった。

この『シャクシャイン』は、水曜日のカンパネラにとって初めての全国流通盤アルバム『ジパング』に収録されている最初の曲であり、私の心を射止めた一曲でもある。幼稚にリズムを刻んでいるように聞こえる「タンタカタン」と北海道のしそ焼酎「鍛高譚」を掛けたイントロ、流れるように北海道各所の地名でリズムを刻み、くしゃみと「厚岸(あっけし)」を掛けたかと思うと、怒涛の勢いで繰り出される北海道関連ワードの数々。異常ともいえる情報量とメッセージ性の無さがとてつもない。ちなみに、タイトルの「シャクシャイン」とは、江戸幕府から蝦夷地の支配権を渡された松前藩によって清との交易を力づくで抑えられそうになったアイヌ民族の勇者の名である。アイヌの人々はシャクシャインの指揮の元に幕府と衝突。幕府から和平を申し込まれるところまで健闘するが、その酒宴の場でシャクシャインは暗殺され、アイヌと清との交流は断たれることになる。

『シャクシャイン』に限らず、水曜日のカンパネラの楽曲には人物の名前が用いられているケースが数多い。過去のアルバムの楽曲を遡ると、『ゴッホ』だの、『マリー・アントワネット』だの、『ダ・ヴィンチ』だの、『千利休』だの、『ジャンヌダルク』だの、多種多様な人物の名前が掲げられている。どの曲も、タイトルと関わりがあるようなないような内容の歌詞で、その塩梅がまた面白い。『ジャンヌダルク』を初めて聴いたときは、そのムチャクチャな世界観にド肝を抜いた。なんでジャンヌダルクがそういうことになるのか。プロモーションビデオがテツandトモの顔芸みたいな演出になっていたのには笑った。

今後、ハイセンスなミュージシャンという触れ込みで、どんどん一般にも流通していくであろう水曜日のカンパネラ。そういうところに苦手意識を抱く人もいるだろうけれど、安心してください。面白いですから。
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ゆずの時代に生まれて育って

ゆずのライブアルバムを買った。



ゆずのライブアルバムがリリースされるのは14年ぶりのことだという。14年前、まだ高校生だった私は、今はもう潰れてしまった学校の近くのCDショップで、そのアルバムを買った。『夏色』『センチメンタル』『友達の唄』『嗚呼、青春の日々』『飛べない鳥』など、彼らの代表曲の数々が二人による弾き語りで歌われていて、シンプルなのにとてもカッコ良かった。その時はまだ、私にとってのゆずはリアルタイムな存在だった。

それから14年後の今、私にとってゆずの楽曲が持つ意味合いは少なからず変わってしまったように思う。ゆずの熱心なファンではない私にとって、彼らの音楽は当時を彩るBGMだった。『夏色』で夏を感じ、『センチメンタル』で夏の終わりを感じ、『嗚呼、青春の日々』で大人になるということの重みを感じていた。そして今、ゆずの音楽は、そんな当時の感動を呼び覚ます確固たる装置となった。『夏色』を聴いた、『センチメンタル』を聴いた、『嗚呼、青春の日々』を聴いた、漠然とした当時の時代の空気を感じさせてくれる疑似タイムマシーンとなった。

その機能は、シングル曲よりもアルバム曲にとって始動される確率が高いようだ。思えば、シングル曲は「時代を代表する曲」として現代でも取り上げられる機会が少なくないのに対し、アルバム曲は本当に自発的でなければ聴く機会を得られない。私は2曲目の『贈る詩』で早々に心臓を撃ち抜かれてしまった。それから4曲目『~風まかせ~』に両手両足を突き刺され、6曲目『月曜日の週末』で脳味噌をえぐられそうになった。9曲目『雨のち晴レルヤ』、10曲目『シシカバブー』、11曲目『虹』と、比較的近年の曲が続かなければ、私は懐かしさのあまりに絶命していたことだろう。ストリートミュージシャン全盛の時代に思春期を送っていた自分には、あまりにも、あまりにも殺傷力の高いアルバムである。

それにしても、自分も思春期の音楽を聴いて、当時を「青春」などという言葉で括って、あの頃を思い返すような人間になってしまったのだと思うと、なんだか、なあ。

“フジファブリック”になりたい『BOYS』



「今のフジファブリックを応援している人たちの多くは義理」という文章を目にした。ショックだった。ああ、確かに、そうかもしれない。志村正彦が生きていた頃のフジファブリックに感じていた、ワクワクというか、ドキドキというか、ベタな言い方をすると「興奮と感動」を、今のフジファブリックに感じているとは言いがたい。でも、それは果たして「義理」なのか。今のフジファブリックが奏でる音楽を聴いているのは、志村正彦というバンドの個性の核であった人物を失ってしまった彼らの背中を押してあげたいという気持ちだけなのか。ははっ、そんなわけない。私がフジファブリックというバンドの音楽を聴き続けているのは、そこに可能性を感じているからだ。個を失ってしまったバンドが如何にして自分たちの音楽を見出そうとしているのか、そのドラマに注目しているからだ。もっと長く、もっともっと長く、“フジファブリック”になるために。きっと何処までも追っかけていくから。


とかなんとか、偉そうなことを言いながらもようやく購入した『BOYS』。思っていたよりもずっと良いアルバムに仕上がっていた。6月リリース、夏を思わせる疾走感は、まさしく自転車にまたがるボーイズ。コミックソングの様なタイトルなのに内容は槇原敬之の『SPY』を彷彿とさせる浮気ソングの名曲だった『夏の大三角関係』、スピード感のあるロックなのに切なさの残る『ALONE ALONE ALONE』が現時点でのお気に入り。

さて、次はどんな『GIRLS』で狂わせてくれるのだろう。

同時代のオモいをクリエイト、高橋優に撃ち抜かれた日。



高橋優のことは以前から知っていた。どこでどういうカタチで知ったのかは覚えていないが、確か『福笑い』のプロモーションビデオが初見だったように思う。その時に抱いた印象は、「なーんか甘ったるいミュージシャンだなあ……」。ちょっと爽やかなメガネの兄ちゃんが、ちょいと繊細な雰囲気の編曲とともに甘いハートフルなメッセージを歌っている姿に、嫌悪感とまではいわないにしても、なんとなく「苦手だな」と思った。なにせ【きっとこの世界の共通言語は英語じゃなくて笑顔だと思う】である。メッセージの是非ではなく、その妙に“ウマい”言い回しがなんだか気に入らなかった。タイトルが『福笑い』というのも、少し気取っているように感じられて、苦手意識を更に強めていた。


このイメージが私の中に根深く残ってしまい、その後、長年にも渡って高橋優の音楽をまともに聴こうという気持ちにさせてくれなかったのだから、なんとも罪作りな話ではある。なにせ、『みんな!エスパーだよ!』で熱いテーマソングを歌っていたのを目にしていたにも関わらず、そのイメージが上書きされなかったのだから。とはいえ、高橋優がベストアルバムをリリースすると聞いたときは、「まあ、『みんな!エスパーだよ!』の主題歌は良かったし……」と、少しだけ気持ちを動かすきっかけになってはくれたのだが。ありがとうエスパー、ありがとう園子温。

Amazon箱をコンビニで受け取って、車中で包装を剥ぎ取る。すると、中から姿を表すのは、ボリューム感たっぷりな真っ赤なボックスだ。高橋のこれまでの音源から選ばれた楽曲たちを収録した二枚のベストアルバムと、Zepp Tokyoで開催されたファンクラブ限定ライブの映像と五年間の活動の軌跡をまとめたドキュメンタリー映像を収録した初回特典DVDの計三枚のディスクがパッケージされている。それを収めているケースの外周には高橋優の年表が記載されている。歌詞カードを開いてみると、楽曲ごとに高橋による解説が付いている。本当の「至れり尽くせり」とは、こういうことをいうのかもしれない。

カーステレオの中にCDを突っ込むと、まず流れてくるのは『福笑い』だ。初めて聴いたときには拒否反応を起こしたが、高橋優というミュージシャンが見せる顔の一つだと思えば、当時ほどに違和感を覚えることなく聴けた。続く『明日はきっといい日になる』は、このアルバムが発売された時点で最新のシングル曲だ。シンプルでポップな前向きソングで、好きといえば好きだけど、さほど心は動かされなかった。そして三曲目、『BE RIGHT』。ここでガツンと食らう。ああ、そういえば、私はメッセージ性の強いロックに弱かったよなあ、ということを思い出した。と、ここまで聴いたところで、車は自宅に到着。二枚のCDはカーステレオのためのCDケースへと移動させ、DVDだけが入ったボックスを持って自室に帰る。諸々の所用を片付け、特典のDVDを再生する。

ライブ映像は、とりあえず『オモクリ監督 ~9時過ぎの憂鬱を蹴飛ばして~』から観ることにした。この曲は文字通り『オモクリ監督』のテーマソングで、私はこの番組を欠かさず録画してチェックしている。芸人たちが制作した映像に、北野武が映画監督の視点で批評する姿が貴重だからだ。……通常、私はこういうDVDを一曲目から順番に聴いていくタイプの人間なのだが、この曲が収録されているCDを持っていなかった(もとい、高橋優のCDを購入すること自体、これが初めてだった)ので、「ここでようやく聴ける!」という思いを抑えられなかったのである。結果、非常に良かった。楽曲そのものも良かったのだが、ライブ映像の熱気に圧倒された。『オモクリ監督 ~9時過ぎの憂鬱を蹴飛ばして~』の演奏が終わったら、すぐに一曲目から観始めた。『裸の王国』、『蝉』、そして『BE RIGHT』。気持ちがアガる楽曲が立て続けにやってくる。おおっ、おおっ、おおおおおっ! ……と圧倒されているうちに、ライブ映像は終了。続くドキュメンタリー映像に、また圧倒される。特典とは思えない、しっかりとした作りの映像にグッと引き込まれた。そこで流れた、あるプロモーションビデオの撮影風景。ギターを抱えた高橋が、指から血を流しながら全力で熱唱する姿にも惹きつけられたが、聴こえてくるメロディに妙な引力を感じた。

『素晴らしき日常』である。


愚かしいほどに真っ直ぐで熱くてみっともなくて、そんな自分と同世代のミュージシャンの姿に心を打たれた、という話。

全盛期は不変的に圧倒するのだ。

子どもの頃に耳にした音楽というのは不思議とずっと覚えてしまっているもので、例えば父親が車の中で聴いていた音楽CDだとか、子ども番組で流れていたテーマソングだとか、コマーシャルで流れていたどうでもいいような曲だとか、記憶しようとしているわけじゃないのに、これがどうも忘れられない。子どもと大人とでは時間の流れ方が違うというような話を聞いたことがあるが、それでも平等に同じ時間を通して流れてくる音楽は、大人にとってはフツーでも、子どもにとってはよりセンセーショナルに伝わるものなのかもしれない。結果、意識の向こうにある感覚へと、音楽に滑り込まれてしまうのだ。

私にとっての、そういった音楽の一つにザ・ベンチャーズがある。



今でもそうなのかどうか分からないが、私が子どもの頃はザ・ベンチャーズが年に一度のペースで来日公演を開催していて、そのコマーシャルが流れるたびに、例の「デケデケデケデケ」が聴こえてきたのである。大体、朝のニュース番組の合間に流れていたので、それが当時の日課だったことを考えると、ほぼ毎日の様に聴いていたことになる。しかも、そういった類のテレビのコマーシャルというのは、印象的な部分を切り取って放送するから……嫌でも覚えてしまう。とはいえ、当たり前のことだけど、ザ・ベンチャーズだって年がら年中日本に来ていたわけではない。あくまでもイメージだが、夏になると彼らはやってきたように記憶している。だから、彼らの来日公演のコマーシャルを目にするたびに、「あっ、夏が近付いてきたぞ」と無意識のうちに感じたものだ。あの時代の私にとって、夏といえばTUBEでもなくサザンでもなく、ザ・ベンチャーズだった。

しかし、記憶に残っているからといって、好感を抱いていたかというと、そうではなく。むしろ、嫌悪感というか、苦手意識の方が強かった。なにせ、その頃のザ・ベンチャーズというと、ハワイで料理屋をやっているような、アロハシャツを着た中年男たちがエレキギターを弾いていて。そういうオヤジのロックは、若さとバカさを空回りさせたがっていた少年期とは、今になって思い返してみても、食べ合わせが良くなかった。

ところが、最近になって、ふとしたきっかけで彼らが若かったころの映像を観てみると、これが非常にカッコイイのだ。とにかく音がシャープで揺るぎないし、画も凄くクール。楽器とアンプだけのシンプルなステージなのに、これほど気持ちを高揚させられるものかと、すっかり感動してしまった。映像として観ると、ドラムのスティックさばきがスゴい!



この音楽が最新鋭だった時代を経過していたら、アロハシャツのオヤジたちに対するイメージも大きく変わったのかもしれないな、と思った話。

『人間交差点』を歩む紳士はあくまでもストレート



「ストレートなんて格好悪い」と若い頃は思っていた。否、はっきりと認識していたわけではないが、でも無意識のうちにそう感じていたのは確かだ。「がんばれ!」と言われれば「余計なお世話だ」、「負けるな!」と言われれば「勝ち負けじゃないし」、「一生懸命!」と言われれば「かくして世間に過労死が蔓延するのだね」と思っていた。

でも、これはなにも、私の青臭い感性ばかりに原因があったわけではない。世間に蔓延るストレートなメッセージから、現実味を感じられなかったからだ。「がんばれ!」「負けるな!」「一生懸命!」という言葉を出しておけば納得するだろうと一方的に思われているかのような、応援としての体裁だけを保っているかのようなメッセージに、むしろ誰が現実味を感じることが出来るのだろう。本当にメッセージを届けたいという気持ちがあるのならば、こちらの心に響くように伝えてほしい。そうでなければ、それは送り手の傲慢だ。

そんなことを考えてしまう私だが、RHYMESTERのメッセージには、ついつい素直に耳を傾けてしまう。「風はまた吹く 気付かないならかざしな人差し指を」と歌った『ONCE AGAIN』、「どっちでもないこのEverydayこそ素晴らしい弾ける人生」と歌った『POP LIFE』、「選ぶのはキミだ キミだ 決めるのはキミだ キミだ」と歌った『The Choice Is Yours』……どのメッセージも陳腐なほどにストレートだが、彼らが歌っているとサマになる。もうちょっとチープな言い方をしてしまうと、格好良い。とはいえ、それは私がRHYMESTERのことを依怙贔屓しているからそう聞こえる、というわけではない。彼らはそのストレートなメッセージに対して、非常に丁寧に説得力を持たせている。要するに、相手に伝えることをしっかりと意識しているのである。だから、聴いている側はハンパな言葉で逃げられない。まんまと胸を掴まれ、メッセージがグサッと突き刺さる。

新曲の『人間交差点』もまた、恐ろしいほどストレートな名曲だった。


人と人との出会いと別れを交差点に見立てるというストレートな比喩の元に、「エキストラなどこの世には一人もいないんだ」とストレートなメッセージで心に訴えかけてくるMummy-Dの言葉と、「点と点が線と線になって交わるけれどぶつかんない それは神の御業? いや、人の仕業」と丁寧に人心の障壁を薄めていく宇多丸の言葉が絡み合っていく様が実に美しい。人と人との出会いの中で、お互いに無闇に衝突せずに、その出会いによって生じる反応を楽しもう。実に正しく、大人で、誠実なメッセージではないか!

ただ、そのメッセージを実践できるかというと、うーん……なかなか……。

夢助の歌が聴こえた。

本日、5月2日は忌野清志郎の命日である。


そんなツイートをTwitterで見かけ、「へー、そうなんだ」と思った瞬間、この曲の歌詞が頭に浮かんできた。「Oh 何度でも夢を見せてやる」。ファンといえるほど彼の音楽を聴いていたわけではないけれど、何故だか無性にこみあげてくるものがある。そんな自分でも、亡くなってから6年が経った今でも、未だに夢を見せてもらっている気がする。気のせいかもしれない、けれども。

タイムラインに見つけた暗渠


Twitterを流れてきた映像。なんとなくアクセスして再生したら、あっさり心を奪われてしまった。ZAZEN BOYSのことは知っていたし、ボーカルの向井秀徳に関しては彼がメインを務めているインディーズ音楽番組の企画DVDを買ったこともあるけれど(とある音楽番組に出演している彼の姿に感動し、衝動的に購入したのである)、バンドそのものに対してはあまり興味を惹かれず、早々に「これは相性が良くないだろう」と判断した。そんなZAZEN BOYSのベーシスト、吉田一郎によるソロプロジェクト【吉田一郎不可触世界】。怪しげなネーミングで、通常ならば間違いなくスルー対象にしていただろうけど、いざ触れてみて驚いた。なんという圧倒的な世界観。朝方の澄み切った映像と交差する、澄み切った音楽。

あぱんだあぱんだ
(2015/05/13)
吉田一郎不可触世界

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こういう出会いがあるから、Twitterは面白い。

私はお正月と心中したい。

お正月は息苦しい。毎年、いつもと同じことをやって、いつもと同じように過ごすという、お馴染みの行程を踏まなくてはならないからだ。例えば、これが夏休みだった場合、選択肢は無限に広がっている。海に行こうと、山に行こうと、東京や大阪に行こうと、近所の図書館で見聞を広めようと、何をしても構わない。自由だ。しかし、こと正月となると、いつも通りの過ごし方しか出来ないようになってしまう。何処へ行くにも人が溢れているし、休業中のお店も少なくないし。否、革命は不可能ではない。今年の正月は思い切って、ハワイ旅行にでも繰り出そう……と発案することだって出来る筈だ。だが、出来ない。少なくとも私には出来ない。私の中には年月とともに積み重ねられてきた経験により、確固たる理想としてのお正月があるからだ。そこを抜け出した途端、それは「いつもと違うお正月」にしかならない。極端な話、精神の隅々までお正月に浸食されてしまっているのである。

その結果、今年もお正月を演芸関連の特別番組を鑑賞することに費やし、惰眠と蜜柑と御節を貪り、人工的な温もりを生み出す暖房器具に取り囲まれた日々を過ごしてしまった。ああ、そうだ。これはこれで幸せだ。だが、この幸せはあまりにも短くて儚い。一瞬の煌めきに過ぎない。そして、その肥大した幸せは、終焉とともに絶望によって隠されてしまう。あとは後悔するしかない。あの日、あの時、あの瞬間、他にもっと為すべきことがあったのではないか、と。社会人にとって本当に貴重な連休を、お正月という惚けた行事に現を抜かして過ごすことはなかったのではないか、と。ああ、そんなことは分かっていた筈なのに、どうしてもお正月の息苦しさから抜け出せない。呼吸出来ない快感をマゾヒストの様に愉しんでいるのではあるまいか。

そういう気分で、この健やかで惨めなお正月の愚鈍を懐かしがりながら、これからの一年を噛み締めていく所存である。ああ、出来ることならば、何もせずに布団に潜って、そのまま死ぬまで寝ていたい。いやいや、それはもう、本当に死んでしまうぞ。しっかりしなくては。いや、いやいや、しかしながら、この息苦しさから、未だになかなか抜け出せない。火照った頭を冷気で覚ませ、身体の筋よ伸びるところまで伸びよ、神経の各々方、今日から仕事始めですぞーっ。



とはいえ、まだまだまだまだまだまだまだまだ眠りたくない……。

非常識へのダイヴ・清竜人25

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(2014/11/12)
清 竜人25

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「アイドルに恋愛はご法度」ということはアイドルオタクではない私でも知っている一般常識である。まして、プロデューサーやダンサーの様に、彼女たちと仕事で接している人たちが手を出した日には、炎上どころか大炎上、吉原炎上・ベルサイユ炎上の八百屋お七状態になることは必至だということは、容易に想像ができる。燃えろいい女って言ってる場合じゃない。そんな時代に水を差す、どころか消防車で常識のアナルに水柱をブッ刺したような大暴挙を成し遂げたアイドルグループがいる。それが清竜人率いる“清竜人25”だ。

清竜人は、そもそもソロで音楽活動を展開していたミュージシャンである。2009年に二十歳でメジャーデビューを果たし、その後も年に一度のペースでオリジナルアルバムをリリースし続けている。その傍ら、堀江由衣やでんぱ組.incへの楽曲を提供したりもしている。ちなみに、堀江に提供した『インモラリスト』はシングルとしてリリース、オリコンチャートで最高8位という好成績を残している。2014年にはベストアルバムを発売。こういう言い方をするのはアレだが、とてつもなくちゃんとしたミュージシャンだ。そんな清竜人が、2014年にアイドルグループをプロデュースした。それが“清竜人25”である。

……と聞くと、恐らく「単なるプロデューサーがアイドルグループの名前に載っていいの!?」と驚かれる方もいられるのではないだろうか。が、驚くのはまだ早い。なんと、この清竜人25、清竜人当人もメンバーの一人である。ていうか、センターである。アイドルグループのスタッフが前面に出ると「目立ち過ぎだ!」と批判を受けることもある昨今、プロデューサーがセンターである。……っと、まだ終わらない。この清竜人以外のメンバーは全員、なんと清竜人の妻なのである。自身がプロデュースしているアイドルグループの一人に手を出した某秋元康は小せえ小せえ、この清竜人にはグループ全員がマイハニーだ! ……って、なんじゃーそりゃー!? ていうか、この場合、メンバーに熱愛が発覚したら「浮気」ってことになるのか? どうでもいいけど気になるぞ。


で、これほどまでにツッコミどころが多いアイドルグループなのに、楽曲はかなりカッコイイから困る。なんという隙の無さ。また、メンバーの歌唱力が素晴らしい。往年のモーニング娘。を彷彿とさせる各ボーカルのクセの強さが、ユニットならではのグルーヴ(関係無いけど電気グルーヴは結成25周年。電気グルーヴ大嫌い!)感を生み出していて、凄くカッコイイ。一見すると大輪教授の恰好をしたチョップリン西野にしか見えない清竜人のボーカルが、また素晴らしいんだ。こんなコミカルな恰好なのに、どうしてこんな澄んだ声が出せるんだ!(※ビジュアルと歌唱力の関連性に科学的根拠はありません)

というわけで、私の常識のアナルもすっかり開発されてしまい、今ではこのアイドルグループのアルバムリリースを待つばかりである。この快感が冷めやらぬうちに、新たなる刺激を……。

所ジョージの絶えることなき“反常識”精神

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所ジョージ

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(2014)
所ジョージ

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所ジョージが自主レーベルから700円のオリジナルアルバムをリリースしたという話を聞いたときは、何かの悪ふざけだろうと思った。既に知られていることだが、所ジョージは色々な遊びを発明するタレントである。この700円アルバムもまた、その遊びの一環に過ぎないのだろう……と、最初は思っていた。ところが、このアルバムのコンセプトが「配信なんてクソくらえ! みんなCD買いましょう」だと知って、考えを改めた。“CDリリースと同時にハイレゾ音源の配信もスタートする”というジョークで誤魔化されているが、この件に関して、所は本気である。

思い返してみれば、ミュージシャンとしての所ジョージは、いつだって本気だった。そもそも彼の本質はフォークシンガーである。吉田拓郎を敬愛し、井上陽水とギターを交換し、泉谷しげるとともに毒をまき散らし、“フォークソングの宣教師”坂崎幸之助(THE ALFEE)と朋友関係にある所の根っこには、常識への疑念と反抗心がある。そこにユーモア精神が絡まっているために、ややこしくなってしまっているのだが。

その精神は、新作のアルバムでも大いに発揮されている。自らを棚に上げている人たちの姿を切り取った『全員棚の上』、ゴールまでのプロセスをきちんと考えない人たちを皮肉った『コントロール』、政治に対してド直球に批判をかました反骨ソング『オスプレイは飛んでゆく』など、気持ちいいほどに苦言が吐き出されている。世間の「別にいいじゃん」に「ンなこたぁないヨ」とはっきり言える所こそ、自立した人間と言えるのかもしれない。その一方で、お馴染みの日常的な風景を描いた楽曲も多く、『百目柿だらけ(サトウキビ畑より)』『センチメートル・ミリ』『ドーナツで生きかえる』などは、所の普段の生活を眺めているような気持ちになる。

それらの中でも『私は神様を知っている』という楽曲は、所のお気に入りらしい。なにせ、2枚のアルバムの中に、何故か3バージョンも収録されている。一度レコーディングしちゃった音源を捨てるのが勿体無かっただけなのかもしれないが。先の楽曲に比べて、所の「面倒臭いことをちゃんとやる」精神の立場を強調しているように感じる。


個人的には『夏をあらためて』が悲惨で素晴らしい。情景描写がとてつもなく細かいのが、また笑える。これも夏だからといってドラマチックに描かないことで、既存のJ-POPに対して反抗しているともいえるのでは……って、流石にこじつけだな、これは。ただ、RHYMESTERの『フラッシュバック、夏。』に似た感覚を覚える。


ちなみにこのアルバム、700円という値段の安さから内容に不安を覚えていたのだが(編曲やら音質やらの点で)、かなりちゃんとしたアルバムである。バンドアレンジ重視で、バップ時代の井上鑑による重厚なアレンジに魅了された身としては少し寂しいが、本当にちゃんとしている。歌詞カードを別売りにしているとはいえ、700円でこのクオリティを出しちゃって大丈夫なのか、本当に(なお歌詞カードは600円である)。

OK Goの音楽は世界(規模)だ!

昨日から今日にかけて、Twitterでやたらと「OK Go」の話題を目にした。

OK Goといえば、クールでカッコイイ音楽を生み出しているにも関わらず、それ以上に、遊び心が過ぎるプロモーションビデオが話題になることの多いアメリカのロックバンドだ。

過去の例を挙げると、

ウォーキングマシンを利用したダンスパフォーマンスがコミカルな『Here It Goes Again』、



ダンスとスピード調整が楽曲と奇妙な融合を見せる『End Love』、



車に創意工夫を凝らして楽器を演奏した『Needing/Getting』、



などが挙げられる。

個人的には、たくさんの犬たちと共演した『White Knuckles』が印象的だ。あー、かわいい。



そんなOK Goが、なんと最新のプロモーションビデオを日本で撮影したという。しかも、そのPVには、今や世界的なユニットになっているといっても過言ではない(よね?)、Perfumeも出演しているという。そりゃ話題になるわけだ。

そのプロモーションビデオが、こちら。



地味なスーツに身を包んだメンバーが珍奇な機械(“ユニカブ”という乗り物らしい。かわいい!)に身を任せて軽妙に動き回る導入から、屋外に飛び出して、少しずつ人数が増えていく姿はまさに圧巻の一言。彼らは以前、似たようなPV(『This Too Shall Pass』。これも映像全体からピースフルな空気が漂ってくる名作!)を発表していたけれど、その規模と演出は段違い。彼らが次のステップに突入したことがよく分かる(PV的な意味で)

これを機会に、OK Goが日本でも流行ってくれると嬉しいなあと、プロモーションビデオきっかけでライブアルバム買っちゃった私は思う。

180/365180/365
(2011/06/21)
Ok Go

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代表曲を網羅しているので、初心者向けかも(日本語訳詞入ってないけど)

tofubeatsと『ディスコの神様』、どうもありがとう

First Album(初回限定盤)First Album(初回限定盤)
(2014/10/02)
tofubeats

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何もない夜、これといって何をしているわけでもない時間、ついつい自分の現状について考えてしまって、なんだか落ち込んでしまうことがある。どんなに頭をフル回転させたところで変えられるわけがない状況を、そもそもそこまで追い詰められているわけでもないのに、ついつい余計な妄想を膨らませてしまって、泣きそうになってしまうことがある。そんな自分に必要なモノはなんだろう。それは、救いの手なんかじゃなくて、頼りになる友人の助言なんかでもなくて、お酒の相手をしてくれる先輩でもなくて、こんな哀しい夜を吹き飛ばしてくれるダンスミュージックだ! というわけで、孤独とランデブーしながら、tofubeatsの『ディスコの神様』を聴いている。

tofubeatsが奏でる音楽は、無責任に人々が踊り狂っていた80年代の匂いを微かに残した、90年代の始まりを思わせる。当時、私はまだ幼稚園児だったけれど、その時代の空気を肌で覚えている。あの空気がここにある。でも、90年代特有の、世紀末に向かっていくからこそ体験できた絶望的な高揚感は、彼の音楽には無い。90年代の匂いを振り撒きながらも、そこには2010年代の不安と孤独が付きまとっている。だからこそ、tofubeatsの音楽は単なる懐古で終わらない。それはまるで、90年代と10年代を繋ぎ止めるタイムラインだ。そんなtofubeatsの楽曲の中でも、一際目立つ名曲が『ディスコの神様』だ。


身体を動かさずにはいられないノリノリなリズムとメロディがたまらない本曲だが、その要はなんといっても、ゲストボーカルとして招かれている藤井隆の存在だろう。デビュー曲の『ナンダカンダ』以後、歌手として様々な楽曲を歌い上げてきた藤井だが、その歌声は決して変わることなく、常にJ-POPを愛する青年のままだ。プロのボーカリストには真似することの出来ない“洗練された非洗練”の歌声は、常に私たちの隣にいてくれる安心感を抱かせてくれる。「藤井が歌って踊っているんだから、私たちだって踊ろうぜ!」という気持ちにさせてくれる。藤井は「ディスコの神様よ 胸騒ぎをもっとちょうだい」と歌っているけれど、つまらない悩みを吹き飛ばしてくれる彼こそ、私たちにとってのディスコの神様だ。

tofubeatsとディスコの神様、どうもありがとう。

くるり埠頭から旅に出るんだ、今すぐに。

THE PIER (通常盤)THE PIER (通常盤)
(2014/09/17)
くるり

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旅行に出かけるとき、何が楽しいって日程をきちんと計画することほど楽しいことはない。あそこに行って、こっちにも行って、それが済んだら今度はこっち……と考えているうちに、頭の中では当日のシチュエーションが少しずつ出来上がっていく。でも、実際に日程をこなしてみると、想像していたほどは楽しくなかったりして。頭の中で思い描いていた頭の中の自分が頭の中の街を楽しむ姿は、想像だからこそ楽しく、都合が良いから楽しいのだと気付かされる瞬間である。勿論、予定外のことが起きる楽しさ、ハプニングが旅の一番の思い出になるっていうこともあるんだけど。

くるりのニューアルバム『THE PIER』を聴いた。実のところ、私はこれまでくるりのオリジナルアルバムを購入したことは無かったのだが(とはいえ少しは興味があったのでベスト盤はチェックしていたのだが、その程度である)、事前に公開されていたアルバムの収録曲『Liberty&Gravity』がとにかく凄かった(カトキチさんのブログで知った。ああ、有難い。)ので、衝動的に買ってしまったのである。で、まあ、実際に素晴らしかった。これまた事前の情報で伺っていたように、多国籍的な味わいで。とはいえ、それは現実の世界をイメージしているというより、各国の雰囲気にくるりの独特の味付けが加えられて、馴染みがあるんだけれど見たことがないとでもいうような、なんだか不思議な食感で。こんな音楽が流れている国って、どんな国なんだろう……と想像している脳味噌のそれは、まさしく旅行計画の楽しさのそれに似ていた。見たことないから、行ったことないから、どんどん拡張される空想の可能性。本作は、そんな空想の国へと連れて行ってくれる船が停泊する、文字通り埠頭(PIER)だった。再生ボタンが出航の合図だ!


それにしても、多国籍的な印象を与える個性豊かな楽曲たちが揃っている本作において、それでも『Liberty&Gravity』の存在感はタダゴトではない。ちなみに、タイトルを翻訳すると「手に入れた自由と重み」という意味になるみたい。初めて手に入れた自由と覚えた重み。そして「いくとこまでいく」という宣言。それはなんだか意思表示の様で。

さらにニッポンのファンク!を笑うな!

笑うな[初回盤 CD+DVD]笑うな[初回盤 CD+DVD]
(2014/09/03)
在日ファンク

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ヒャッハー! 日本に在りながらサイコーにファンクなミュージックを奏でるバンド、在日ファンクがまたキョーレツなアルバムを世に送り出した。そのタイトルは『笑うな』。きずまみれになりながら日本のファンクを模索したファーストアルバム『在日ファンク』、爆弾の様に破裂寸前までセクシーをみなぎらせたセカンドアルバム『爆弾こわい』、嘘みたいに熟練されたファンクがバンドを包み込んだ不思議なミニアルバム『連絡』を経て、このアルバムで在日ファンクはメジャーデビューを果たした。モンゴル800が大ヒットした時代から、インディーズとメジャーの壁なんてとっくの昔に無くなってしまったと思っていたが、ここで在日ファンクは今まで以上にクールなファンクをグルーヴしている。少なくとも、彼らにとってはメジャーデビューは大きな一歩だったのだろう。

『笑うな』で掲げられているテーマは「“ほぼ”ハマケン」。ボーカルで作詞・作曲を担当している浜野謙太が、その完成を思う存分ミュージックにぶつけている。その結果として出来上がったのは「日本のファンク」だ。正直なところ、これまで在日ファンクというユニット名が「日本に在りながらファンク」という意味だと聞いても、なんだかあまりピンとこなかった。はっきり言ってしまうと、在日外国人が嫌いな人達を刺激するためにつけられた、邪な名前なんじゃないか?と思っていた。でも、『笑うな』で在日ファンクは、日本人なら共感せざるを得ない感覚をクールに歌っている。怒りを覚えるほどではない感情をストレートにぶつけた『根にもってます』、見た目も性格も小さい日本人として激しく主張する『ちっちゃい』、他人様に迷惑をかけてしまって謝罪する気持ちを前のめりで歌い上げた『断固すいません』など、どの曲も実にみっともない! でも、共感せざるを得ない! そしてカッコイイ!


このアルバムで、在日ファンクは真に「日本に在りながらファンク」を実現できたといえるだろう。根にもってます! ちっちゃいです! 不甲斐ないです! 恥ずかしいです! 断固すいません! でも……笑うな!
プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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