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無力のヒーロー

今朝、いつものように、何を考えるということもなく、ただボンヤリとテレビのニュースを眺めていた時のことだ。どういう内容のニュースだったかは具体的に覚えていないのだが、週間少年ジャンプで連載されているマンガがアニメ化するというような話題が取り上げられていた。

そこに映し出されていたのは、記者会見に臨んでいる出演声優たちの姿。余談だが、個人的に少年少女向けのアニメに出演している声優たちが、こうしてテレビカメラの前に姿を現しているという状態は、あまり好ましく思えない。テレビに出てくるな、とはいわないが、なるべくは出てこないでほしい、と思うのである。なんだか、有名なキャラクターの着ぐるみを半脱ぎした状態を見ているような、そういうような気分になるからだ。

話を戻す。その流れで、そのマンガの主人公であるキャラクターを演じている声優が、その記者会見の場には登場していなかったのだが、此度の震災に対してメッセージを残しているとアナウンスが入った。そして流される、アニメの主人公という体の口調で喋る声優のメッセージ。まあ、それはいい。問題は、そのメッセージが何のBGMも準備されていない状態で流されたこと、しかも、画面にはその主人公の絵だけが切り取られて表示されていたこと(背景には他のキャラクターもイラストも配置されていない真っ白な空間だけがあった)である。

通常、アニメのキャラクターたちは、アニメの世界観の中に生きている。彼らの背景には必要な光景が必ず準備されているし、その場に流れるべき楽曲がきちんとBGMとして流される、それがアニメの世界観というものだ。しかし、その時流されたのは、背景もBGMも何もない状態の主人公の静止画。そこに、今回の震災に対して少なからず熱い思いがあるのだろう、普段よりも力強い声で「頑張れえええええええええ!!!」と絶叫する主人公の声。そこに僕は、如何ともし難い虚しさを覚えた。声優に罪はない。あるとすれば、その状態で流してしまえと決断したテレビ局である。

白い画面に切り取って貼りつけられた主人公の絵が持つ、果てしない無力感。どんなに偉大な主人公であろうと、所詮は絵であるということの証明だ。そんな彼が「頑張れえええええええええ!!!」と叫ぶ姿。そこに希望を感じる子どもがどれだけいるだろうか。

余計な考えを、止め処無く。
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らっしゃい波状攻撃

ユリオカ超特Q -Q展- [DVD]ユリオカ超特Q -Q展- [DVD]
(2011/05/25)
ユリオカ超特Q

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孤高の漫談師、ユリオカ超特Qのライブを収録したDVDがリリースされる。今回DVD化されることになったのは、2010年12月に行われた単独ライブ「第八回 Q展」。時事ネタ、ハゲネタ、プロレスネタが堪能できる内容になっている。また、特典映像では、ユリQが藤波辰爾と対談(?)する映像や、昭和歌謡のPVが収録されるらしい。ちなみに、ユリオカ超特QのDVDがリリースされるのは、2005年10月に発表した『らっしゃい!ベイベー』以来のこと。ノンストップで駆け抜けるスーパーエキスプレスを見逃すな。

2011年4月の購入予定

06『バカリズムライブ「ピンチ!」
06『バカリズムライブ「サスペンス」
06『バカリズムライブ番外編「バカリズム案3」
06『グレイテストホーム~我が家ベスト~
20『SINGER5』(出演:斉木しげる、石井正則、板尾創路など)
22『U字工事の北関東オンリーワン
27笑魂『梅小鉢「うめびより」
27笑魂『デンジャラス「このバカタレが!」
27笑魂『アルコ&ピース「東京スケッチ」
27笑魂『笑撃戦隊「ヒーローショー」
27笑魂『ケチン・ダ・コチン「THE BEATBANG!」
27『カンニング竹山単独ライブ「放送禁止 Vol.3」

怒涛のリリースラッシュとなる筈だった三月は、地震の影響で少しだけ大人しいことに。その結果、発売予定が四月へと押し出され、ちょっとだけ騒がしくなった。むしろ、あれだけの震災があった後にも関わらず、二週間の遅れで間に合ったことに驚く。思えば、人々の震災に対する関心も、また然り。まだまだ終わらせるには、早すぎる。

さて四月。U字工事とカンニング竹山の単独ライブ。少し地味なような気もするが、しかし安心できるといえるやもしれない。加えて、笑魂の新シリーズ。コント師としての評価が高いアルコ&ピース、「細かすぎて伝わらないモノマネ~」で少し名が知られるようになった梅小鉢、M-1グランプリ2010で準決勝に進出した笑撃戦隊など、将来性のある面々が並ぶ。そこにデンジャラスの名があるというのは、なんとも不可解。彼らの芸歴を考えるなら、過去の山本高広や鳥居みゆきみたいな特別扱いでもいいと思うのだが。……芸の問題か。

購入予定には加えなかったが、『びしょ濡れレポーターおかもとまり~噛んだら濡れる、笑いと涙の凱旋帰郷~』もリリース予定。モノマネ芸を見せるDVDなら少しは興味も持てたが、恐らくタイトル以上でも以下でもないのだろう。いっそ、彼女はグラビアアイドルに鞍替えした方がいいのではないだろうか。テレビで見ている程度で申し訳ないが、今の彼女がモノマネ芸人を名乗るのは、世のモノマネ芸人に対して無礼な気がする。……今後の向上に期待したいが。また、さまぁ~ずのトークバラエティ番組『さまぁ~ず×さまぁ~ず DVD-BOX Vol.8+Vol.9+特【完全生産限定版】』もDVD化される。ブログでは取り上げていないが、過去作品は全て購入済なので、一応。

大阪のおっさん、大いに笑かす。

兵動大樹のおしゃべり大好き。5 [DVD]兵動大樹のおしゃべり大好き。5 [DVD]
(2011/06/22)
兵動大樹(矢野・兵動)

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兵動大樹のトークライブを収録したDVDシリーズ『兵動大樹のおしゃべり大好き。』最新作のリリースが決定! 今回は、2010年11月に行われた第30回記念トークライブ「祝30回 兵動大樹のおしゃべり大好き。in NGK ~やることいつもと一緒です~」の模様を完全収録! 舞台裏から楽屋映像まで、行き届いた内容となっている。なお、副音声として、“兵動大樹×後藤ひろひと(Piper)”によるトークも収録! 行き届いているなあ。

そして今回は、ディスクがもう一枚ついてくる! こちらのディスクには、過去のDVDでは収録されていなかったおしゃべりを収録! また、こちらの特典映像には、過去のおしゃべりに登場した人たちを集めたロケ映像を収録する予定とのこと。

完成度の高いエピソードトークを展開する兵動大樹のトークDVDシリーズ『兵動大樹のおしゃべり大好き。』、今作で一つの最高点に到達するのでは……。

『シティボーイズのFilm noir』

シティボーイズのFilm noir [DVD]シティボーイズのFilm noir [DVD]
(2011/03/23)
大竹まこと、シティボーイズ 他

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毎年、桜が咲き乱れる季節になると、あのおじさんたちの時期がやってきたぞという思いにふける。そのおじさんたちとは、大竹まこと、きたろう、斉木しげるによって結成されたコントユニット、シティボーイズのことだ。メンバー全員が還暦を迎えているにも関わらず、彼らは年に一度のコントライブ公演を欠かすことなく行っている。その、年に一度のコントライブ公演が行われる時期が、春なのだ。

ところが2010年の春、彼らはコントライブを行わなかった。体力と頭脳を同時に浪費しなくてはならないコントライブの中断は、ファンの間で様々な憶測を生んだ。……と、いうようなことは全くなかった。何故ならば、その時点で既にコントライブは別の時期に行うという発表があったからだ。とはいえ、年に一度のライブを楽しみに待ちかまえていたファンにしてみれば、とんだ肩透かしである。今年の五月は何もなく、ただ連休を貪るだけか……という失望の声が、あちらこちらから聞こえてきたとか、聞こえてこなかったとか。

しかし、シティボーイズの三人は、決してファンのことを裏切らなかった。コントライブとはまた別の催し物を、彼らは五月に準備していたのである。その催しとは、ショートフィルムの上映だ。シティボーイズとショートフィルムといえば、中野裕之監督による『仲良きことは良きことかな』(同氏プロデュースによるショートフィルム集「Short Films」内作品)が思い出される。あれから八年。シティボーイズは再び、その独特の感性をフィルムの中に収めたのである。

制作されたショートフィルムは、全部で四本。夙川アトム演じる“切腹を命じられた武士”が辞世の句に苦悩する様を、ひたすらドライに描いた『俺の切腹』(沖田修一監督)。きたろう演じるリストラにあった中年男性が、川原で水切り教室を開校する『遠き少年の日』(福田雄一監督)。巨乳のAV女優を連れて、小銭を稼いで生活している男の日々をシュールに切り取った『Dark on Dark』(大竹まこと監督)。シティボーイズのライブではお馴染み、中村有志の奇妙な生態を映した『ドキュメント 中村有志』(きたろう監督)。

これらのショートフィルムは、「シティボーイズのFilm noir」と銘打って東京・大阪・愛知で上映された。更に、七月から八月にかけて、二週間の限定レイトショーも行われた。当時、それなりに評判が良かった、ということなのだろう。今作には、会場で上映された四本のショートフィルムが、そのまま収録されている。オープニング映像無し、幕間映像無し、特典映像無しという、とてつもなくシンプルな構成がたまらなくストイックだ(手抜きとは言わせない)。

最もシティボーイズらしい作品は『遠き少年の日』。リストラされたサラリーマンが登場するというだけでも実にシティボーイズ的なのだが、その後の活動として水切り教室を始めるという斜め上の展開が、如何にも彼ららしい。社会から爪弾きに合った人間の思わぬ狂気性が、フルスロットルで駆け上がっていく様の可笑しさ……とでもいうのだろうか。福田雄一は、元ジョビジョバのマギーと共に“U-1グランプリ”というユニットを結成するほどのコントバカ。だからこそ、ここまで綿密にシティボーイズらしいコントを生み出せたのだろう。

個人的に興味深かったのは、大竹まことが監督と脚本を手掛けた『Dark on Dark』。大竹はシティボーイズのコントにおいてツッコミ役に回ることも多く、どちらかといえば常識人的なイメージで見られている感があるが、実はメンバーの中で最も狂気に満ちている人物だ。そんな彼の作った映画は、日陰の群像劇だ。真っ当な生き方が出来ない、社会からはみ出している人たちの姿。前衛的ともシュールとも言い難い、なんともいえない空気感。僅かながらに、大竹まことという人間に触れたような気がした作品だった。

様々な側面から“シティボーイズ”を切り取ったショートフィルムたちは、しかしいずれも閉鎖的にならず、何となく飄々とした表情を浮かべてそこに存在している。笑えるか笑えないかは人それぞれだろうが、その妙ちくりんな作品はシティボーイズのコントと同様に、なんとも不思議な魅力を放っているのであった。……で、今年もやるの?


・本編(約75分)
『俺の切腹』(22分/監督:沖田修一/出演:夙川アトム、古谷充子、斉木しげる他)
『遠き少年の日』(23分/監督:福田雄一/出演:シティボーイズ、ムロツヨシ、斉藤仁美)
『Dark on Dark』(17分/監督:大竹まこと/出演:シティボーイズ、風子他)
『ドキュメント 中村有志』(13分/出演:中村有志他)

苦悩する若者たち

先日の土曜日、ニコニコ生放送にて「泉谷しげる チャリティートーク&ライブ ~日本を救え!~」が放送された。中学生の時に『春夏秋冬』を初めて耳にしてから、泉谷しげるの曲を好んで聴いている身としては、見逃さないわけがない。無論、見逃すことなく、およそ一時間ほどの放送をじっと観続けた。番組には泉谷の他に、他所のライブで泉谷と意気投合したという中村中、阪神大震災の際に共にチャリティー活動を行った嘉門達夫も出演していた。泉谷によると、二人は「呼んでもないのに勝手に参加した」のだという。

番組中、この震災に関する様々な状況に対して、泉谷は激しい怒りをぶつけていた。被災者たちを悲劇的に切り取った報道、政治家たちの無責任に聞こえる言動、匿名で意見を発し続けている大衆たち。それらの様々な存在に対し、泉谷は激怒していた。しかし一方で、番組の内容が偏り過ぎないように、笑えるエピソードトークを展開。中村中を性同一性障害だと知らずに欲情していたという話は、中村の「介護のつもり」という返しと合わせて非常に面白かった。

これらの発言、また一連の行動から、泉谷しげるは攻撃的で情熱的なミュージシャンだという印象を持っている人も少なくないだろう。しかし、そもそも泉谷は、とても冷めた目線で世界を見つめているような曲を書くミュージシャンだった。都会に出てきた若者の孤独を歌った『眠れない夜』や、自分にしか出来ない生き方をしようとして失敗した若者の失望を歌った『春のからっ風』などは、何年も前の曲にも関わらず、聴くたびに切ない気持ちになる。これらの曲を泉谷は、まさに若者だった頃に書き上げたのだ。実に恐ろしい。

そんな泉谷が最近、『すべて時代のせいにして』という曲を発表した。

歌詞を見ると、なにやら説教臭い言葉の羅列に見える。

若いときはすべてが他人のせい こうなってしまったのも親のせい
ひきこもるのも社会のせい 誰を憎んで何を消し去る
いったい何と何が気に入らない 心とカラダが合わない
ホントの力は自分のせいさ 今はもうわかるハズ


しかし、この後の歌詞を見ると、少し印象が変わる。

ぶざまな大人をハナであざ笑い 若さにかまけてなぐりかかる
許せぬ気持ちはどこから来てるのさ ムリやり憎んで存在認めない
いったい何を自慢したいのか 心と体をひきさいて
ホントの力を見失ってる 今はもうわかるハズ


この曲は、かつて『眠れない夜』や『春のからっ風』で歌っていた様に、現在の若者の苦悩を歌っているのだ。それを肯定するでもなく、否定するでもなく、ただその状況を言葉にしているだけなのである。もしかしたら、彼は今でも若者の目を失っていないのかもしれない。その、若々しくも、冷たく鋭い目を持って。だからこそ、泉谷は偽善という名の元にチャリティー活動を続けているのかもしれない。この期に及んで多くの若者たちを騙さんとする卑劣な大人たちから、彼らを守るために。

雨の日は陽水の絶望を


井上陽水の曲が聴きたくなったので、アルバム『カシス』を借りる。それほどファンというわけでもなければ、特に好きな曲があるというわけでもないのだが、どういうわけか彼の歌が聴きたくなる時期が、たびたびやってくる。そして、実際に聴いてみて、何かを納得する。ああ、やっぱり井上陽水は、微妙に僕と合わないなあ、ということを。それでもたまに彼の歌を聴きたくなるのは、いつか彼の歌が僕の心根にヒットする日が来るのではないかと期待しているからなのだろう。

そんな陽水の曲で、唯一僕が口ずさむことのある曲が、『夕立』だ。とある番組で、この曲を山崎まさよしが陽水当人の前で歌っていたのを見て以来、豪雨の日には自然に口にしている。以前は、その動画をネットでも観ることが出来たのだが、今では削除されているらしい。なかなかいい歌いぶりだったのだが、仕方がない。

この曲の何が凄いかというと、とにかく歌詞が凄い。

洗濯物がぬれるから 女はひきつった顔で
わめきまわる ころびまわる
男はどうした事かと 立ちつくすだけ
空の水が全部落ちてる


単なる豪雨の風景にも関わらず、まるで世界の終わりが訪れたのではないかと思わせるほどに緊迫している。客観的に見ればコメディの様でもあるが、そのことが逆に、この歌詞のシリアスさを物語っている。その、あまりにもシリアスで救いようのない歌詞に、不思議と惹きつけられてしまうのかもしれない。

ところで『カシス』だが、個人的にはそれほどいいアルバムとは感じられなかった。でも、やっぱり陽水は、相も変わらず陽水だった。考えてもみれば、当然のことなのだが。

矢野のあっこさんと磯谷のゆきちゃん

このところ、TSUTAYAで落語のCDをレンタルすることがすっかり習慣となってしまっていたのだが、いいかげん枚数を借り過ぎていたのもあって、店に在る中でまだ聴いていない落語CDが少なくなってきた。このままだと、近いうちに近所のTSUTAYAに置いてある落語CDを全て聴いてしまうことになる。それがいけないということはないが、なにやら生き急いでいるようでみっともない。そこで、たまには落語以外のCDを借りてみようと思い、以前から気になっていた『はじめてのやのあきこ』を借りてみた。

『はじめてのやのあきこ』とは、ミュージシャンの矢野顕子によるセルフカバー曲を収録したミニアルバムだ。『自転車でおいで』『中央線』『ひとつだけ』など、自身の代表曲をカバーしている。この作品が特徴的なのは、それぞれの曲を他のボーカリストと共にセルフカバーしている点。例えば、『自転車でおいで』は槇原敬之と、『中央線』は小田和正と、『ひとつだけ』は忌野清志郎と共演している。シンプルな演奏に極上のボーカルが絡み合って誕生する曲の数々は、まさに至高と言わざるを得ない。

それらの曲をじっくりと噛み締める。どれもこれも、文句無しに素晴らしい。ところが、ある曲に差し掛かったところで、状況が変わる。気付けば目頭が熱くなり、鼻の奥が湿っぽくなっていた。感情が激しく揺さぶったその曲は、矢野が元JUDY & MARYのYUKIと共に歌った『ごはんができたよ』だった。子どもの頃の幼い風景に故郷の温かさが重なっていく様子、そしてはち切れんばかりの母性愛が合わさって、とてつもなく泣けてくる。

そもそも、僕はこの二人のボーカルに弱いのだ。矢野顕子の最も知られている楽曲『夢のヒヨコ』は聴くたびに涙が出そうになるし、YUKIの『長い夢』や『ふがいないや』などはサビの場面で実際に泣く。そんな二人が一緒になって歌うのだから、もう泣けないほうがおかしいという具合。聴いたところによると、このアルバムにも参加している槇原敬之も、自身のアルバムでこの曲をカバーしているらしい。……泣けるんだろうなあ。

一週間の終わり、疲れた心に『ごはんができたよ』。たまらなくはち切れんばかりの心に、ひとつ。

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『柳家喬太郎落語秘宝館1』

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ワザオギ公式ホームページ

柳家喬太郎
1963年11月30日、東京都生まれ。1989年10月、柳家さん喬に入門して「さん坊」、1993年5月、二ツ目昇進して「喬太郎」、2000年3月に抜擢で真打昇進。新作落語を得意とするが、古典落語にも定評がある。今作は喬太郎にとって初めての落語CDとなる。収録されている演目はいずれも入門以前に作られ、初期の喬太郎代表作としてお馴染みの二本だ。

【純情日記横浜篇】(37分45秒/2004年3月録音)

粗筋:大学を辞めて落語家の前座をやっているコハラの元へ、学生時代の友人ワタナベが相談にやってくる。その相談の内容は、バイト仲間の女の子を好きになったんだけれど、上手い口のきき方を教えてほしいというもの。だが、コハラは教えられることなどない、当たって砕けろと忠告する。そこで、思い切って彼女をデートに誘ってみたところ……。

学生特有の軽いノリを漂わせながら、しかし真剣に女性のことを好ましく思っている男の描写が生々しい。彼女に電話をかけ、デートに誘おうとするくだりなどは、一人の男として頷きっぱなし。笑って、恥ずかしさを誤魔化そうとしてしまうんだよな。うんうん。いざデート本番となると、横浜の街の言い立てが流暢に語られる。ここが非常に心地良い。古典も出来る喬太郎ならではの演出だ。終盤、二人が夜の山下公園で時間を過ごす風景の描写の美しさも印象的。船の灯りが目に浮かぶ……。経験の無さが故の青臭さがたまらない、若さの充満した一本である。

【純情日記渋谷篇】(25分54秒/2004年6月録音)

粗筋:大学を卒業して、社会人になろうとしている一組のカップル。これからも続くだろうと思っていた二人。ところがそんな折、男が女に別れ話を持ちかける。男が入る会社は、最低でも一年間は神戸支社に務めなくてはならず、このままだと二人は遠距離恋愛になってしまう。そこで辛い目を見るくらいなら、いっそ別れてしまったほうがいいだろう……と。そして二人は、これまでの思い出を振り返りながら渋谷の街を闊歩する。

別れ話の後に二人の男女が思い出の場所を練り歩く……という、やたらとドラマチックな情景を、喬太郎はたっぷりの皮肉を込めて笑いへと変換する。悲しい別れ話は男の言いまつがいでコミカルなものになり、二人の美しい筈の思い出は学生ならではのノリが介入した妙なテンションのものとしてこけ下ろされ、「やっぱり別れたくない!」と互いを抱き合う二人は子供の様に泣きじゃくっていて、実にみっともない。まるで、現実はそんなにキレイなものじゃないやい!とでも言わんがばかりに。しかし注目すべきは、そんな二人のその後。細かい部分を説明するとネタバレになってしまうので省略するが、とてつもないオチが待っている。

ロッチ単独ライブ『ペロペロペロッチ』

ロッチ単独ライブ 「PELO PELO PELOTTi」 [DVD]ロッチ単独ライブ 「PELO PELO PELOTTi」 [DVD]
(2011/02/23)
コカドケンタロウ、中岡 創一 他

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ロッチが2010年11月に行った単独ライブ『ペロペロペロッチ』に、『自主規制』というタイトルのネタが収録されている。子ども向け番組に送られてきた保護者からの苦情への対策として、番組内で放送してきた「歌のコーナー」「紙芝居のコーナー」などを検証する……という旨のコントである。

実のところ、この“自主規制”をテーマにしたコントは意外と少なくない。僕が覚えているだけでも、さまぁ~ず、よゐこ、インスタントジョンソンなどの芸人たちが、自主規制コントを演じていた。恐らく、きちんと探してみれば、もっと数多くの芸人たちが、この自主規制コントを演じているに違いない。では、どうして、このようなスタイルのコントが多く演じられているのか。

恐らく、その背景には、芸人たち自身がクレームを受けてきた経緯があるのだろう。少しずつ世間に名が知られ、そのネタが多くの人たちの目に留まるようになり、それまではあまり大きくなかった否定的な意見がだんだんと多くなってしまう。その状況に対する不安と憤りが、このようなネタを生み出したのではないだろうか。事実、このスタイルのネタを作っている芸人には、だんだんと売れ始めてきた段階の若手・中堅どころが多い。主戦場を舞台からテレビへと移すことは芸人にとって一つの夢であるように思うが、それ故に我慢しなくてはならないことも少なくないようだ。

ところで、僕はこの“自主規制”をテーマにしたコントが、あまり好きではない。笑わない、笑えないわけではないのだが、どうも「クレームになんて負けないぞ!」「自主規制なんてクソ食らえ!」というメッセージが含まれている気がして、素直に笑えないのである。また、このような「(保護者という名の)絶対権力に対する批判」をすることで生まれる笑いは、手抜きな気もする。とはいえ、そこにプラスして、何か別の要素を盛り込むことが出来ていれば、また話が変わってくる。むしろ、その芸人ならではの個性が、ネタから垣間見られることすらある。少なくとも、先に名前を挙げた三組は、それが出来ていた様に思う。

しかし、ロッチの『自主規制』は、いわゆる自主規制コントの範疇を抜け出していない。既存の歌・童話に対して強引に自主規制を敢行するという構成は、まさにオーソドックス中のオーソドックス。ここから更に一展開設けるべきなのだが、彼らのコントにはそれがなかった。はっきり言って、ベタで退屈と言われても仕方がなかったように思う。

では、ロッチならではの特色がなかったのかというと、そうでもない。あまりにもオーソドックスな自主規制コントの様相を呈していながら、この『自主規制』は間違いなくロッチのコントなのである。そう思わせられる要因は、何処にあるのか。何度かコントを観返しているうちに、ある部分が引っ掛かることに気がついた。以下、引用する。

(幾つかの童話が候補から下ろされた後で)
コカド「じゃあ、『鶴の恩返し』どうすか?」
中岡「鶴ゥ? ……鳥系は大丈夫や!
コカド「なんなんですか、“鳥系は大丈夫”説!」


このやり取りの前に、『桃太郎』のお供を確認するくだりがあるのだが、そこで結果的にお供が全員鳥になってしまうという流れがあって、ここに至る。この場面における、中岡の「鳥系は大丈夫や!」というセリフに、僕はロッチならではのものを感じるのだ。鳥が大丈夫だという経緯から、絶対的に鳥を信用してしまう中岡の安直さ。この“安直な思考”こそ、ロッチのコントにおける、重要なキーポイントなのではないだろうか。

他のコントを見てみると、いずれも安直さが滲み出ていることに気付かされる。例えば、テレビに出演できると思い込んでいたコマ回しの先生が、そのことをスタッフにバレないようにと“安直”な嘘で誤魔化す『コマ名人 大小嶋』。文化祭の出し物を決める会議で、二つの候補の間を取って結論を出した後輩を“安直”に真似ようとする先輩の暴走が止まらない『間(あいだ)』。結婚式が取りやめになって落ち込んでいる友人を“安直”になだめつつ、空いた予定と予算で旅行に行こうと計画する男のゲスさが止め処無い『マリッジオーシャンブルー』。いずれのコントにも、安直で底が浅い考えの人たちが登場し、場を混乱させている。

以前から、ロッチのコントには何処となく落語の雰囲気を感じていたのだが、その理由が分かった。御隠居に教えてもらった有難い言葉を全て子供の名前につけてしまう『寿限無』や、いけ好かないヤツの苦手なモノが分かったからそれを部屋に放り込んでやろうという『饅頭こわい』の様な素朴な安直さを、ロッチのコントからも感じていたのである。……ということは、いずれ彼らのコントは、例えば『禁酒番屋』だとか『粗忽長屋』の様になっていくのだろうか。うーむ。

最後に今作の感想を。ロッチは今作以前に四枚のDVDをリリースしているが、その中でも今作は最高傑作といえるのではないだろうか。特に後半は、コカドのデリカシーがないキャラクターが爆発しており、色んな意味で物凄いことになっていた。特に観てもらいたいのが、『乳首川という男』。とにかく下らないのに、妙な深みもあるという奇妙なコントだ。是非、楽しんでもらいたい。


・本編(71分)
「どうでもええねん」「オープニング」「コマ名人 大小嶋」「間(あいだ)」「自主規制」「ジャンケンマン」「マリッジオーシャンブルー」「乳首川という男」「ヒーローのはずが…」

・特典映像(21分)
「知名度調査 in 幼稚園」「中岡 ホッケー講座」「コカド サーフィンデビュー完全版」
・音声特典
「ロッチによる全編副音声コメンタリー」

「よしもとデリバリー劇場 in高松」に行ってきた

先週の金曜に起こった東北の地震で、世の中が大混乱に陥っているといっても過言ではない状況の最中、「よしもとデリバリー劇場 in高松」に行ってきた。このような状況下でお笑いライブを観に行くかね、と思われるかもしれないが、なにせ予定通りライブが行われるということなのだから仕方がない。この状況で、笑いを提供しようという芸人が来るのならば、客として行かないわけにはいかないだろう。

午後一時半開場ということだったので、それより十分ばかり早めに到着する。会場は高松駅から歩いてすぐの場所にある“アルファあなぶきホール”。昨年、ラーメンズの単独公演や、人力舎の四国ツアーが行われた場所である。大体、香川で芸人がライブを行うときは、この場所を使用する……という認識でいいのだろうか。会場には沢山の客が詰め寄せていた。女性の率が高い様だが、男性の数も少なくない。さては、桜 稲垣早希が目当てか。いや、かくいう僕も、彼女をナマで見てみたいという欲望に駆られて、やって来たのだが。今回のライブは全席指定。僕の席はほぼ中央だが、少しステージから幾分か離れたところ。いいのだか悪いのだか、些か判断し辛い。座って、ボーっと開演時間を待つ。

午後二時を過ぎたあたりで、開演。幕が開くと、スーパーマリオブラザーズを模した書き割りが並んでいる。……どうして、今の御時世にスーパーマリオブラザーズなのだろうか。続けて、今日の出演者の一人であるウーイェイよしたか(スマイル)のナレーションによって、本日の出演者の紹介が始まる。人力舎ツアーの時は、出演者紹介用にわざわざVTRを編集していたが、流石にそこまできちんとしたものは準備できなかったらしい。或いは、吉本と人力のライブに対する思い入れの差か。

ナレーションが終わると、出囃が流れ始める。いよいよ、開演だ。

スマイル「早口言葉・カラオケ」
楽しんご「熱唱・ショートコント」
ダイノジ「漫才・エアギター」

前半三組によるバラエティコーナー

スリムクラブ「神龍に願いを」
桜 稲垣早希「もしも惣流・アスカ・ラングレーがレンタルビデオの店員だったら」
COWCOW「逆さ言葉・服屋の店員の一言一言に反抗」
パンクブーブー「絵描き歌・駅のホームでお別れ」

後半四組によるバラエティコーナー
エンディング


日頃、お笑いDVDの感想を書いている人間が言うべきことではないのかもしれないが、やはりお笑いはナマがいい。普段、それほど関心のない芸人であっても、ここまで客を惹き付けることが出来るのかと、感動させられた。客を沸かせる技術が半端じゃない。中でも、ダイノジとパンクブーブーの弾けぶりは特筆に値する。打てば響くからこそ、まったく飽きさせない徹底した相方イジリが終始爆笑を生んでいたダイノジ。客イジリで客の心を惹き付けておいたところで、自らの笑いをガンガンぶつけてきたパンクブーブー。どちらも素晴らしかった。いや、凄まじかった。

パンクブーブーはバラエティコーナーにおいても、大活躍。あいうえお作文で、最初の一文担当だったにも関わらず、何の言葉も浮かんでこない黒瀬。道具を使って、だんだんと笑いが大きくなるようにボケなくてはならないコーナーで、二番手にも関わらず大爆笑を巻き起こしていた佐藤。最終的に負けてしまい、AKB48の曲をBGMにダンスを踊らなくてはならない場面で、奇怪な踊りを披露してやはり大爆笑を起こした佐藤(ジェイソンのマスクをつけてエアロビダンスを披露していた稲垣と、しゃれこうべを肩に置いて双首になったスリムクラブ真栄田も良かった)。改めて、パンクブーブーというコンビの魅力というか、面白さに気付かされるライブだった。この実力がいつか、テレビでも発揮されてくれればと思う。

今、震災に対して、あらゆる表現者たちが自分たちなりの表現でもって、被災者たちにエールを送っている。そんな最中、笑いを生み出すことを生業としている彼らは、些か肩身の狭い思いをしているのかもしれない。だが、しばらくしたら、彼らが必要になってくることは、間違いない。悲しみや怒りを乗り越えた人たちに、再び微笑んでもらうために。その日の為に、彼らにはとことん腕を磨いておいてもらいたい。今日のこの面白さ、いずれ彼の地の人たちへ……。

『春風亭昇太 十八番シリーズ -動-』

春風亭昇太 十八番シリーズ-動- [DVD]春風亭昇太 十八番シリーズ-動- [DVD]
(2011/03/09)
春風亭昇太

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春風亭昇太。その、妙に爽やかで、それでいて軽やかな名前の落語家がいるということは、僕は随分以前から知っていた。随分……などという書き方をすると、なにやら青田刈りというか、古いファンを自称しているように聞こえてしまうのではないかと思うのだが、別にそういう意味ではない。ここでいう“以前”というのは、今の様に、CDショップに入った途端に落語のCDコーナーを覗きに行くような落語バカになる前の僕、つまり、CDショップの隅っこに置かれている落語のCDを見るたびに「誰が買うんだこんなもん」とか思っていた僕の頃を指している。あの頃の僕でも、春風亭昇太の名前は知っていた。

どうして知っていたのかというと、当時の僕が買っていた高田文夫の本に、昇太師の名前が載っていたのである。その頃、僕はネット上で演芸評論と称したコラムを書き連ねていて(今でも書き連ねている)、恐れ多くも「次世代の高田文夫ではなかろうか」と言われていた。そこで初めて、高田文夫という人物のことを知り、その著書を拝読して、そして、春風亭昇太という名前を知ったのである。つまり、もしもこの当時、僕のことを「次世代の高田文夫」と言ってくれたこの人がいなければ、僕は高田氏のことはもちろん、昇太師のことを知ることもなかったということだ。今思えば、実に有難い話である。

さて。春風亭昇太の名前を知ったからといって、すぐさま彼の落語を聴こうという了見を、当時の僕は持っていなかった。なにせ、落語のCDを「誰が買うんだこんなもん」であるのだから、仕方がない。とはいえ、落語のDVDは持っていた。別に落語が嫌いだったのではなく、CDで聴くという楽しみ方が理解できていなかっただけなので、DVDは別に問題がなかったのである。だから、もしも当時の時点で、昇太師の高座を収めたDVDがリリースされていたとしたら、僕は直ちに購入していただろう。むしろ、どうして当時、昇太師の落語を収めたDVDがリリースされていなかったのが、今でも不思議に思う。

その、昇太師の高座を収めたDVDが、つい先日にようやくリリースされた。落語家生活28年目、御年51歳にして、初めての単独DVDである。2010年10月に下北沢本多劇場で行われたライブの様子を収めたもので、収録されているのは『時そば』『花粉寿司』『茶の湯』の三本。『時そば』と『茶の湯』は古典落語で、『花粉寿司』は昇太師による創作だ。特典映像には、昇太師が大好きな中世城郭を巡る「昇太の城めぐり」を収録。51歳のおじさんがキャッキャとわめきながら歩き回る姿は、色んな意味でオカシイ。

金のない二人の男が十五文で十六文の二八蕎麦を戴こうとする一件に端を発する『時そば』、知らないことを知っていると言った手前、引き下がれなくなってしまった御隠居が自己流の茶の湯を展開する『茶の湯』、それぞれ実に面白かったが、やっぱり見どころは『花粉寿司』だろう。花粉症の寿司屋の大将が、きちんと接客出来ずにほとほと困り果てるだけの話。ドラマも展開もない、ギャグ漫画みたいな落語だ。この『花粉寿司』、実は既にCD化されているのだが(『春風亭昇太2 26周年記念落語会-オレまつり』)、動きによるギャグが多いために、音では完全に理解できないネタだったのである。それがこうして映像化されたのだから、実に喜ばしい。くしゃみの勢いでビールの栓をいっぱい抜いてしまう昇太師、こうした方が花粉症が楽になるからと高座で寝転ぶ昇太師、高座の上で生着替えを始める(!)昇太師、色んな昇太師が映像で堪能できる素敵な一品だ。

そして、また嬉しいのが、タイトルに“十八番シリーズ”と書いてある点。シリーズということは、今後も続けていこうという意志があるわけで、つまり次があるかもしれないということだ。「かもしれない」じゃなくて「に違いない」と言えないのが、ちょっと恐いけど。でも、次があるかもしれないってだけで、嬉しい。元々、昇太師の落語は動きが多いので、音源よりも動画の方が向いていると言われてきた(だからこそ、DVD化にこれだけ時間がかかったことに違和感を覚えているわけである)。今後、昇太師の映像が、こうしてカタチに残されていくのかと思うと、ホントに嬉しい。……嬉しいって何回も書き過ぎてしまうくらい、嬉しいのヨ。

次は『悲しみにてやんでえ』が収録されると、なお嬉しい。初期の代表作として名高い話なのに、どういうわけだかソフト化されていないんだよなあ……。


・本編(総収録時間:141分)
『時そば』『花粉寿司(マルチアングル収録)』『茶の湯』
特典映像「昇太の城めぐり」

コント王、大いに苛立つ。

第11回東京03単独ライブ「正論、異論、口論。」 [DVD]第11回東京03単独ライブ「正論、異論、口論。」 [DVD]
(2011/05/18)
東京03

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キングオブコント2009覇者、東京03が2010年11月~12月にかけて行った単独ライブ「正論、異論、口論。」がDVD化される。本公演は、全国五ヶ所にて全二十公演行われ、約一万人を動員した。過去の公演においても、複雑な感情が入り組んだコントを演じてきた彼ら。今回の公演でも、同様の世界観を更に深化させた笑いを楽しむことが出来るに違いない。ところで、過去公演のDVDでは、三人による副音声解説が収録されていたが、今回も収録されるのだろうか。

・その他のリリース予定
0420『桂三枝の笑宇宙<01>
0420『SINGER5』(出演:斉木しげる、石井正則、板尾創路など)
0420『あべ一座 旗揚げ公演 あべ上がりの夜空に』(出演:阿部サダヲ、あべこうじなど)
0518『三遊亭白鳥落語集 河童の手/鬼ころ沢(仮)
0518『三遊亭白鳥落語集 山奥寿司/聖橋(仮)
0518『桂三枝の笑宇宙<02>
0622『桂三枝の笑宇宙<03>

三遊亭圓丈に見るクリエイター論

三遊亭圓丈という落語家がいる。

圓丈は新作落語家である。新作落語というのは、一般的に知られている『寿限無』『饅頭こわい』『芝浜』など、古い時代から伝えられている古典落語とは違い、落語家自身で作り上げた落語のことをいう。かなりの名作であれば、この新作落語が後世まで伝えられていき、古典落語に転ずることもあるらしい。先に名前を挙げた『芝浜』も、初代・三遊亭圓朝の創作であるといわれている。

圓丈以前にも、新作落語を作る落語家は数多く存在していたが、その中でも圓丈の存在感は大きい。何故ならば、圓丈は古典落語も既存の新作落語も完全に否定して、自らの感性に正直な落語を作ることに専念していたからだ。それ故に、間もなく落語家になって五十年を迎えようとしているにも関わらず、思いっきりスベッてしまうこともしばしば。しかし、そのスタンスは後輩の落語家に多大な影響を与えており、弟子の三遊亭白鳥を始め、春風亭昇太、柳家喬太郎、林家彦いちなどは“圓丈チルドレン”と呼ばれている。

そんな風に、自らの感性で落語を創作し続けてきた圓丈だが、彼が弟子入りしたのは六代目・三遊亭圓生だ。六代目圓生といえば、バリバリの古典派。昭和最後の大名人と言われており、辛口で知られている当代の立川談志ですら、圓生の落語を「一つ一つが群を抜いている。極端にいえば“非の打ちどころがない”ということだ。見事である」と評している。片や新作落語の革命児、片や古典落語の大名人。この二人が如何にして繋がっていったのか。

NHK出版生活人新書から出版されている『ザ・前座修業―5人の落語家が語る』では、圓丈師匠を含めた五人の落語家たちが前座時代を振り返っている。ちなみに、圓丈以外では、柳家小三治、林家正蔵、春風亭昇太、立川志らくが前座時代を語っている。それぞれ、師匠に対する並々ならぬ思いを込めて当時を語っているが、圓丈だけは少しだけ違った趣を見せている。

通常、落語家を目指す若者たちは、自らが惚れ込んだ師匠に弟子入りする。自らの人生を委ねても構わないと思えるような師匠を選んで、弟子入りを志願し、どうにかして弟子にしてもらう。しかし、圓丈はそれを否定する。

弟子って師匠に惚れると、だいたい欠点を真似ちゃうところがある。また欠点ほど真似しやすい。私が当時のほかの前座となにが違うかといったら、「惚れる」という点だったと思う。だいたい自分の師匠の芸や師匠そのものに憧れたり、惚れたりして入門してくるのがほとんどだと思う。私は圓生を尊敬はしていたけど、芸や人に惚れたわけではなかった」


そんな考えだったからなのか、前座時代の圓丈は非常に異色の存在だったらしい。師匠に何処かへ誘われたとしても、決してついていこうとはしない。仕事や師弟関係は絶対、だけどプライベートにおいては自由に過ごさせてもらう。師匠に押し付けられたくない。師匠は師匠、オレはオレ。それが圓丈の考え方である。

だが、それは単なる我儘ではなく、確固たる考えがあっての行動だった。

「噺家に弟子入りするときに、その師匠の芸に惚れるということは良くないことだと思ってる。なぜなら、惚れてしまうとその師匠を越えられないからだ。私と圓生はまったく異なる人間で、越えられないところもあったけど、私が越えたところもあったと思っている。同じ人間なのだから、この人には絶対に勝てないなどとは、私は考えない。どんなすごい人間でも、どこかに対抗できるところはある筈だ。あの人には絶対適わないと思った時点で負けているし、勝負から逃げていると思う


では、どうして圓丈は圓生に弟子入りを志願したのか。

「それは、新作をやるためには、しっかりした芸の基本を古典で身につける必要を感じたからです」


なかなか戦略的な弟子である。

新作落語を作り続ける圓丈は、今現在も自らのやりたいことをやり続けていくことに、徹底的にこだわっている。かつての兄弟子である川柳川柳(元・三遊亭さん生。後に破門となる)の弟子である川柳つくしの著書『女落語家の「二つ目」修業』において、圓丈は自らの落語家としてのスタンスを次の様に語る。

「芸人は、「プロ仕様」になりすぎるのも、よくないんだよ。素人みたいな「好きだからやってます」みたいな部分がないと。別に笑ってもらえなくてもいいの。芸人自身のこだわりどころは、客にとってはどうでもよかったりすることも多いから。ただ一生懸命に演ることが、全体のレベルアップに繋がって、端々の部分で客の共感を呼ぶ。だからいちばんいいのは、自分が気持ちよく演れることだね」


昨今、インターネット上では、ありとあらゆる方面で“プロはプロとしてあるべき”という考え方が、些か押しつけがましく語られている印象がある。無論、それは基本的には正しい。プロフェッショナルはプロフェッショナルであるべきだ。だが、そればっかりになってしまうと、没個性になってしまう。プロではないプロを安易に否定するのではなく、プロではないプロならではの面白さを許容する余裕が、我々には少し足りない気もする。

日本人は「技」とか「道」が好きなの。たとえ面白いギャグを考えても貶める。実体のないものは認めない……みたいな。でも僕は実体のないものが好きだから。もしそういう「技」やら「道」があってヨイショもできれば、お金持ちになれたんだけどね」


ここに、昨今のそういった状況に関する、根本的な何かが埋まっているような気がするのだが。

ところで、最近はこういうパターンが多い気もする。

つくし「昔、師匠は、「噺家としてやっていくためには、三つの条件のうちの一つが必要」っておっしゃってましたよね?」
圓丈「「世渡り」と「芸」と「感性」の三つね。今は「世渡り」だけでかなりいけるんじゃない?「お友達文化」が強いから


最後に余談。

「そういえば僕、ちょっと前に『爆笑オンエアバトル』に出たいと思って、NHKの人と話をしたんだよ。【略】だけど「この番組は新人が世に出るためのものなんで、キャリアのある人はダメです」って断られたんだよね(笑)」


なんというバイタリティ!

『柳家小さん・花緑 超時空二人会~たぬきと孫の物語~』

NHK-DVD「超時空二人会」NHK-DVD「超時空二人会」
(2011/01/28)
柳家花緑、五代目・柳家小さん 他

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学生だった頃、僕は映画研究サークルに所属していた。“映画研究”というとなにやら大袈裟だが、要するに映画を観たり撮影したりするサークルである。僕はもっぱら映画を鑑賞するタイプだったが、他の同期生たちは映画を撮影することに夢中になっていた。備品の撮影用カメラは常に誰かが使っていたし、部室のパソコンは定期的に誰かが映像の編集に使っていた。大学祭が近付いてくると、そこはまさに修羅場と化す。撮影班と編集班でゴッタ返しになる部室のベランダで、僕を含めたはぐれ者連中は自宅から持ち込んだギターを弾き語っていたものだ。今思えば、すっごく迷惑。

そんな僕が当時、唯一映画研究サークルの様なこととしてやっていたのが、パソコンに保存されている映像を使ってプロモーションビデオの様なものを作ることだった。既存の素材を使うから撮影する手間はかからないし、外に公開するようなものでもなかったので、音源の数だけ映像を編集しまくった。ただ単に、内輪で盛り上がるための映像である。でも、それがたまらなく楽しかった。もしかしたら、意味のある素材を無意味にする(=破壊する)行為に、ちょっとした優越感を感じていたのかもしれない。

こういった動画が“MADムービー”と呼ばれるものだということは、大学を卒業してから知った。動画サイトを覗いていたら、僕と同じ様に既存の音源や映像を使って遊んでいる人たちを見つけて、知ったのである。ちなみにMADとは、狂っている、バカげているという意味らしい。素材を狂わせて、バカげた映像に組み直すということだろうか。

2004年10月2日、NHK BSハイビジョンである番組が放送された。出演者は二人。一人は、「にほんごであそぼ」などの番組に出演していた落語家、柳家花緑。そして、もう一人は、初の人間国宝に認められた落語家で、2002年に亡くなった五代目柳家小さん。番組のタイトルは『超時空二人会』。そこでは、花緑と小さんによる、生と死の狭間を飛び越えた二人会が行われていた。今作は、その番組をDVD化したものである。

先にも書いた様に、この番組が放送された時点で五代目小さんは鬼籍に入っている。それでは、如何にして同番組で五代目小さんと花緑は共演したのか。答えはシンプル。現存している五代目小さんの映像を繋ぎ合せて、まるで現代に蘇ったかのようにして見せたのである。そして作られたのは、五代目小さんと花緑の映像が切り替わってそれぞれ登場人物を演じてみせる『粗忽長屋』、高座の花緑と大きなモニターに映し出された五代目小さんがそれぞれ登場人物を演じ分ける『二人旅』、年齢が違う五代目小さんの六パターンの映像を繋ぎ合せた『笠碁』など、奇妙で可笑しい落語の映像たちだ。完成された落語を素材に用いて新しい映像を作り上げる。これはまさに“MADムービー”の精神だ。

ただ、それらの映像が面白いかというと、そうでもない。既存の落語映像や音声を繋ぎ合せるという行為はまさしくMADムービーのそれだが、その結果、生み出されているのは元の作品を再構成しただけの映像に他ならない。その内容は決して逸脱しない。破壊的な何かがあるわけでもない。それならば、ただ単純に生前の五代目小さんの高座映像を、ひたすら流し続けるだけでも良かったのではないか、という感想さえ浮かんでくる程の普通さが漂っているだけだ。或いは、五代目小さんの周辺の人たちにインタビューして、彼の人間性を浮き彫りにするとか……そういったドキュメンタリーにしたほうが、まだ幾らか面白かったような気もする。

まあ、もしかしたら、五代目小さんの極度のファンであれば、楽しめたのかもしれないが……特典映像に収録されていた柳家花緑による『竹の水仙』(2010年8月撮影)が無ければ、些か物足りない作品として終わっていたことだろう。とはいえ、その挑戦的な姿勢は買いたい。次は立川談志の落語でMADを作るというのはどうだろう……ああ、もうあるのか


・本編(89分)
・特典映像(59分)
柳家花緑『竹の水仙』(柳家花緑独演会から)
プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

連絡用メールアドレス
loxonin1000mg@yahoo.co.jp

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https://twitter.com/Sugaya03

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