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立川志らくの落語家的了見

談志が死んだ談志が死んだ
(2003/12/19)
立川 談志、落語立川流一門 他

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芸人というのは、いわゆる一般常識から少なからず離脱している存在だというのが、僕の個人的な見解なのだが(勿論、限度はある)、現在読書中の『談志が死んだ』においての立川志らく師匠の発言には些か驚かされた。

志らくといえば、談志に弟子入りする際、母親に「この子は落語家になるより他にない」と言われ、自著において数々の落語論を展開している、根っからの立川流落語家だ。だから、てっきり理論的もしくは非常にクレバーな人物なのだろうと、勝手に決め付けていたのだが、ここまで感性的に生きている人だとは思わなかった。そのあまりに驚くべき生き様に、僕は少なからず衝撃を受けたので、今回はそれを覚書の意味も含めて、記事にまとめることにした。その驚きを全て伝えることは難しいだろうが、ちょっとばかりの驚きエッセンスを感じ取ってもらえれば、これ幸いである。

本筋に入る前に、本書について軽く触れておこう。『談志が死んだ』は、立川談志を家元とした落語の流派“立川流”の面々が、“立川流”について語ったものである。立川流家元である談志は勿論のこと、立川流真打、二つ目、前座に至るまで、様々な意見を寄せている。出版されたのが2003年のため、後に立川流から除名することになる快楽亭ブラックや、近年鬼籍に入った立川文都らの名前もある。また、改変落語で活躍中の立川談笑も、当時はまだ真打ではなく二つ目だ。

志らくは本書の第一部において、同じ時期に立川流前座として日々を過ごした立川文都(元立川関西)、立川談春らと対談している。『赤めだか』(談春著)や『雨ン中の、らくだ』(志らく著)を読んだ人ならば、なんとなく理解できるメンツではないだろうか。
 
当初、対談はきちんと本書の意図通りに、“立川流”についての話題で盛り上がる。しかし、話に参加しているのは、殆ど文都と談春のみ。あまり興味を持たないのか、それとも何も考えていないのか、志らくはまるで発言しない。ところどころで名前が出てきたときにだけ、こそっと反応する。

談春「志の輔、文都、談春、志らく、この四人は師匠といる密度がすごく濃かったような気がするね。【略】「前座だから勉強中です」では通用しない。一回目から面白くなきゃダメなんだ……言葉では言わなかったけど、そういうのをすごく感じたし、俺もそう思ってた。そういう意識は、志らくより下の連中には、ちょっと希薄なんじゃないか」
志らく「わたしはどっちなの?」
談春「バカ、四人だから、こっちだよ」

ほぼ、こういう具合。そのあまりに呑気な様子に呆れたのか、話は志らくのエピソードへと転がっていく。

談春「師匠が「事務処理もできないし、礼儀もできてないから、築地の魚河岸へ修行に行け」っつったんだよ、俺たちに。このことでは、関西兄さんと俺はどれだけ深刻に話し合ったかわからないよ。落語家になろうと思って入門したのに、俺たち、どうなるんだろうって。でも兄さんが、「師匠が行け言うんやから、しゃあないやないか」って言うから、いやだったけど、歯を食いしばってね……。でも、こいつ、この志らくは、師匠が「行け」っつったら、たった一言、「いやです」って言ったんだ、面と向かって。前座のときに」

この件については、『赤めだか』『雨ン中の、らくだ』に二人の当時の心境が詳しく書かれている。機会があれば、また読んでもらいたい。

その後もしばらく、志らくについてのエピソードが語られた。家元に払わなくてはならない上納金をまったく払わなかったので「クビだ」と言われたが「いやです」と断った話、松坂牛と大人のおもちゃを間違えてしまった話、エロテープの上から落語を録音したら最後の方にエロ部分が残ってしまっていた話、別の落語家の付き添いで戸塚ヨットスクールに入れられたけれどその役割を文都に押し付けちゃった話などなど……なかなかにとんでもない話が揃っている。

しかし、既に何冊もの著書を出版していることからも分かるように、志らくは落語についてはマジだ。この対談においても、落語に関するトークとなった途端、その強すぎる主張をビンビンに発し始める。例えば、志らくはテレビで売れたくない、と考えている。

志らく「もちろん売れればいいなっていう気持ちもあるけれど、単に売れたいっていうのは、ぼくはないですよ。だって、テレビに出て顔が売れたって、一般の人はテレビに出てるから知ってるだけで、どんな落語するかなんてしらないわけですよ。そうすると、こちらにしては、厄介なだけなんです。どっかでご飯食べてたって、通りがかりの人が話しかけてきたりするから、すごく厄介。そういうのがいやなんですよ。たとえば絵描きのゴッホとか、ピカソにしてもなんにしても、そういう人は、「俺、売れてえな」って思って絵を描いてるわけじゃないでしょ。そりゃ、絵が売れればいいというのはあるけど、有名になってちやほやされたいと思って描いてるわけじゃない。自分が描きたいから、描いてるだけですよ」

そんな志らくとは相反する考えを持っている人物が、立川流にいる。ミスターガッテンこと、立川志の輔だ。志の輔はテレビに出演し、ひたすらメディアへの出演にこだわり続けた結果、現在の地位を築くことに成功した立川流のメディア王ともいえる存在だ。志らくの徹底した落語家へのこだわりは、まさに志の輔のまったく逆の立場といえるだろう。

ある時、そんな二人が対峙した時があったという。

志らく「四、五年前だけど、「おまえ、テレビに出て、もっと売れなくちゃダメだよ」って言うから、「どうやったら出れるんですか」って聞いたら、「自分のやりたいことを全部抑えるんだ」と。「視聴者、スポンサー、局のディレクター、が望んでることをやれば、必ず売れるんだよ」って言うから、「わたしはそれをやるなら、落語家をやめます」って言ったの」
談春「いや、そんなおとなしい口調じゃなかったよ。正月で一門がみんな集まっていて、師匠も前にいたよ。俺と志らくはあんまり飲めないから二人で喋ってたら、ベロベロになった志の輔兄さんがきて、いま言ったこと言ったわけ。で、「おまえらがあとに続かないでどうすんだ」とか、「立川流、売れなきゃしょうがない」とか言って。「はい、はい」って俺はうなずいたよ。言ってることは正しいんだから。ところが、こいつが「そんなんだったら売れなくてもいい」って言ったから、志の輔兄さんがさらになんだかんだ言った。そしたら、こいつ、「兄さん、だったら、やりたいことやりゃあいいでしょ。やりたいことやんないでね、売れてて、つらいとか、何が足りないとかね、よくそんなこと言うね。芸人って、やりたいことしかやらない人間のこと言うんじゃないですか」ったら、志の輔兄さん、思わず肩、ガクーッ、落ち込んじゃった」

兄弟子がしていることを完全否定! ここまでの発言は当たり前に受け止めていたが、これには流石に驚かされた。この時の志の輔の心境、如何なるものか。

そんな二人のことを、談春は「立川流のサンプル」と評する。

談春「志らくなんか、芸における談志の忠実な信奉者というより、志の輔兄さんとは違った意味でのモデルケースの部分がすごくあると思う、俺なんかはできないし、めげた部分もあるけど、志らくはうちの師匠の言ってる落語に対する論理を根底で実践しようとしている。立川流っていったら、やっぱり、志の輔、志らくっていうのがサンプルだろうな

メディア露出としてのサンプル“立川志の輔”と、徹底落語主義としてのサンプル“立川志らく”。二つのまったく異なるサンプルは、それぞれまったく違った形で大成に向かっている。本書が出版されて、間も無く七年。結果が出るまで、もう幾年月。
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No title

久しぶりに書き込みます。
このエントリーで思い出したのですが、立川志加吾さん(現・雷門獅篭)が立川一門を描かれた4コママンガ「風とマンダラ」は読まれました?
かなり昔の作品ですが、読まれていたら是非感想をお聞きしたいです。

No title

読んだことないんですよねえ、『風とマンダラ』。読みたいんですけど。
連載のきっかけになった立川談四楼原作『山遊亭海彦』は持っていて、
志加吾さんのこともこれで知りました。
なかなか面白そうなので、気にかけてはいるんですけども…。
プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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