スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『天空の城ラピュタ』をパズーの気持ちで考える。

[ジブリがいっぱいCOLLECTION オリジナル色えんぴつ付] 天空の城ラピュタ [Blu-ray][ジブリがいっぱいCOLLECTION オリジナル色えんぴつ付] 天空の城ラピュタ [Blu-ray]
(2011/11/16)
不明

商品詳細を見る

久しぶりに、映画『天空の城ラピュタ』を観る。

もはや説明の必要もない程に有名な映画だが、もしかしたら、まだ観たことがない人もいるかもしれないので、ストーリーを簡単に説明しておこう。『天空の城ラピュタ』は、遥か上空に浮かぶ城“ラピュタ”に関わる人々が繰り広げる、冒険活劇アニメーション映画だ。主人公は、不思議な石“飛行石”を守り続けてきた一族の末裔である少女シータと、ラピュタを偶然にも発見してその存在を世間に発表した冒険飛行家を父に持つ少年パズー。この物語は、二人が様々な困難に見舞われながらも、ラピュタを目指し、辿り着くまでを描いている(厳密にいうと違うのだが、ややっこしいので省略)。

幼少の頃、僕は父が録画してくれた『ラピュタ』のテープを、毎日のように鑑賞していた。当時、我が家にはジブリのアニメ映画を録画したテープが何本もあったのだが、僕は『ラピュタ』ばっかり観ていた記憶がある。そんな僕の姿を見て、母は「なんで飽きないの?」と思っていたらしい。しかし、すっかり大人になってしまった今でも、まったく飽きる気配がない。テンポのいいストーリー、メリハリのある場面転換、魅力的なキャラクターたちに名セリフの数々、そして背景の圧倒的な美しさ。これまで、宮崎駿監督の作品を含めて、実に数多くのアニメーション映画を目にしてきたが、未だに僕にとって最高のアニメーション映画は『天空の城ラピュタ』のままだ。

とはいえ、流石に二十代も半ばという年齢になった今では、流石にかつての様に「一日一回鑑賞」というわけにはいかなくなった。まあ、当然である。時間が腐るほどにあった小学生の頃とは違い、仕事をこなして幾らかの銭を稼ぐようになった今、そんなことをしていたら身体の休まる時間がなくなってしまう。……そもそも、一日一回ペースで鑑賞という表現自体、些か大袈裟に書いているだけで、小学生の頃からそんなことはしていなかったのだが。子どもだって、忙しくないわけじゃない。テレビアニメも見るし、テレビゲームもするぞ(偏ってんなあ)。なにはともあれ、久しぶりの鑑賞となった。

『ラピュタ』鑑賞を開始してすぐに、以前は気にならなかったあることが気になり始めた。それは何かというと、主人公の一人であるパズーの境遇である。

既に『ラピュタ』を鑑賞したことのある方ならば御存知だろうが、本作における主人公二人の出会いは、とてつもなくドラマチックだ。飛行船から落下したシータが、鉱山で働くパズーの元へと飛行石の力でゆっくりと降りてくる。パズーにとっての日常の中に、シータという突然の来客が現れるのだ。逆にいえば、シータにとってパズーの日常は非日常的で、いわば観客と同じ目線の立場になる。一方、パズーにとってシータは非日常的な存在で、また恐らく彼にとって初めて接触した同世代の異性でもある(そもそも作中にパズーの仲間と呼べる子どもは登場していない)。自然と口は軽くなり、彼自身の状況も明け透けに語られていく。

ラピュタを発見したことを公表した父について話す場面で、パズーは「お父さんは嘘つき呼ばわりされて死んじゃった」と、あっけらかんと語る。鑑賞していた当時はさりげなく聞き流していた。「あー、そうなんだ。悲しいな」という程度に。しかし、それなりに大人になって、世の中の不条理も分かるようになった今、この台詞がやたら重たい。冒険飛行士だった父親の息子がどうして鉱山で働いているのか、という背景も込みで想像してしまうのだ。

その後、悪漢の手から逃れて、洞窟の中を彷徨うことになる二人。ランタンの火を頼りにちょっとした食事をしながら、今度はシータが身の上を語り始める。正直なところ、シータの身の上はあまり不幸に感じられない。彼女には彼女なりの苦労もあったのだろうが、どうも一族に関わる謎の方がテーマとしては大きいので、パズー程の重みを感じないのである。とはいえ、両親のいないシータは間違いなく不幸であり、厳しい生活を強いられていたことは想像に難くない。そんなシータの話を聞いたパズーが最初に口にした言葉が、「僕たち、二人とも親無しなんだね!」。初めて同士を見つけたような、キラキラした目でそんなことを言うから、たまらない。こちらの涙腺はゆるゆるだ。

そんな二人の前に、パズーの知り合いだというポム爺さんと呼ばれる老人が現れる。ポム爺さんはシータが身に付けている飛行石を見て、ラピュタの存在を示唆する。それを聞いて驚くパズー……ということは、パズーはラピュタについて他の人に話そうとはしなかったのか……嘘つき呼ばわりされ、流れ着いた場所で身内のことを話そうとしなかったんだろうか……と、いよいよ泣きそうになるが、どうにか踏みとどまる。そんなポム爺さんの話を聞いたパズーは、興奮して「ラピュタは本当にあったんだね!」と叫び、更に「お父さんは嘘つきじゃなかったんだ!」。ここで涙腺が完全に崩壊する。先の、パズーが身の上を語るくだりで、彼は確かにラピュタを見つけてみせると宣言していた。しかし、ここでこう口にするということは、つまり心のどこかで父親のことを疑っていたということになる。だが、飛行石の存在が明らかになって、ラピュタが本当に存在する可能性が高まり、僅かながらも父親に対する疑いの気持ちが晴れたのだ。その笑顔の意味は、深い。

それから後は、幼い頃に興奮した冒険活劇の数々が繰り広げられるわけだが、既にパズーに強い思い入れを抱いていた僕には、もはやそんなものはどうでも良くなっていた。パズーがある場所で父親の姿を目にした、あの場面で僕の中での『ラピュタ』は完全にバルスっていたのである(なんだその表現)。

子どもの頃に慣れ親しんだ他のアニメーション映画を観ても、また新しい発見があるかもしれない。ちょっと楽しみだ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

連絡用メールアドレス
loxonin1000mg@yahoo.co.jp

Twitterアカウント
https://twitter.com/Sugaya03

検索フォーム
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。