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『安全な妄想』(長嶋有)

安全な妄想安全な妄想
(2011/09/22)
長嶋有

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長嶋有『安全な妄想』を読み終える。

長嶋有は2001年に短編小説『サイドカーに犬』でデビューし、同作品で芥川賞候補となった小説家だ。なお、翌年の2002年に発表した『猛スピードで母は』で第126回芥川賞を受賞、堂々たる芥川賞作家となる。2003年に発表した『ジャージの二人』は後に映画化、堺雅人と鮎川誠の主演で話題となった。また、作家デビュー以前から“ブルボン小林”という名前でフリーライターとして活動しており、そちらでは主にゲームや漫画などに関するコラムを手掛けている。

『安全な妄想』は、長嶋がこれまでに手掛けてきた幾つものコラム・エッセイを掲載した、俗にいうところのエッセイ集である。エッセイ集といえば、大体において「特殊な立場にある人の日常を描いたもの」、或いは「誰もが目にする日常風景を独自の目線で切り取っていくもの」の二パターンに振り分けられると思うが、本書はその両方の側面を持っている。即ち、「長嶋有の作家としての日常を描いたエッセイ」と「ごく当たり前な日常を長嶋有の作家ならではの洞察力で切り取ったエッセイ」の、その両方が楽しめるようになっている。……わざわざ説明することでもないが。

公式サイトによると、本書に掲載されているエッセイの中でも「絶交」「蕃爽麗茶」「教養」の三本は、同業者・編集者たちに絶賛・爆笑されたテキストらしい。いや、確かに面白い。許し難い扱いを受けた相手と絶交することで生じる面倒臭さ「絶交」、この上なく有難いのだけれども不味いから貰いたくない編集者からのお歳暮との戦い「蕃爽麗茶」、どういうわけかセッティングされた大江健三郎との対談の際に生じた葛藤「教養」。どれもこれも、人間の欲望・野心と理性の葛藤を描いた名文ばかりだ(持ち上げ過ぎ)。だが、それが長嶋エッセイの本質かといわれると、そうではないように思う。

長嶋のエッセイでは基本、“ちょっと恥ずかしいこと”が取り上げられている。例えば、皆で蟹を食べに行こうという状況で「蟹はそこまで好きでもない」と言えない、運転免許証を持っていないけどあまりにクールな車を買いそうになる、ガムを噛み続けるだけのダイエット本を構想する……などなど。堂々と公言すると皆から笑われそう、でも、いつまでも語り草になるほどでもないことが、そこには綴られている。それ故に読者は、長嶋の言葉を突き放して笑うことなく、それらに少なからず共感を覚えるのだ。

だが、「僕の唇は赤い→僕の唇は赤いと色んな人にいわれる→もしかして僕の唇は得難い程の貴重な赤さなのではないか?→唇専門のモデルになれるのでは?→以下、長々と唇モデルをこなす自身を夢想」というエッセイ「唇」には、微塵も共感を覚えなかったが。……いや、微塵ということもないかもしれない。もし、自分の中にあるちょっとした個性を、他の人がポジティブな言い方で指摘してきたとしたら、或いはそういう妄想を描くことも……。

なお、本書終盤には、東京新聞・中日新聞に週一連載されてきたコラム「放射線→石つぶて」が掲載されている。2011年1月から6月までの半年分が掲載されているのだが、それ故に、くだんの震災について触れているコラムも少なくない。全体的に軽妙な空気が流れている本書だが、このくだりに関しては、些かの重みがあることは否定できない。しかし、その重たい空気が流れる中でも、長嶋は読者にユーモアを提供しようとする。

新聞は情報であれ論説であれ「言葉」が載る場所だ。それらの言葉の末尾はだいたいが懸念で終わる。読者の投稿の言葉も常に「憂えて」いる。今はさまざまに憂えるべき状態だからなおさらだ。特に政治への批判や、批判への批判は大事だろう。でも「言葉」はもっといろんなことにも割かれていい。(本書より引用)


お笑い芸人たちとは違うステージで、笑いを武器に戦う人もいるのだ。
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プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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