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『噺家のはなし』(広瀬和生)

噺家のはなし噺家のはなし
(2012/05/16)
広瀬和生

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落語は大衆芸能である、と言われている。

実際に落語を日常的に聴いている人間ならば、「うんうん、そうだよね」と思うことの出来るこの意見だが、落語にさほど興味の無い人間にしてみれば「は? 何言ってんの?」といったところだろう。確かに、落語には大衆芸能としての魅力がある。落語といえばコメディとしてのイメージが強いが、それは単なる決め付けで、時にラブロマンス、時にホラーとしての側面を見せる芸能なのである。それはいわば、映画に似ている。でも、落語にそれだけの魅力があることを、肝心の大衆が知らない。だから、どんなに「落語は大衆芸能である」と公言しても、大衆には伝わらない。それは所詮「中の意見」として処理されてしまうからだ。今、落語界に求められているのは、恐らく“大衆と落語を繋ぐパイプ役”なのだろう。

本書は、大衆と落語を繋ぎ合せるパイプとして注目を集めている音楽評論家、広瀬和生による落語家のガイド本である。広瀬氏は近年、落語系ライターとしても活動しており、現在に至るまで本書を含む六冊の関連書籍を出版している。その傾向には些かの偏りが見られるものの、エンタメという側面からは少なからず信用出来る内容にはなっているように見受けられる。少なくとも、基本は抑えている。文章も、落語家の魅力を端的に分かりやすく解説しており、「落語なんて同じネタを使い回してるだけでしょ?」などと吐き捨てようものなら、一刀両断されること間違いなし。ただ、あくまでも落語についてあまり詳しくない人を対象としたガイド本だからなのか、かなりキャッチーな落語家が中心に取り上げられている印象が強い(それでも、昔昔亭桃太郎や桂平治など、メディアで取り上げられがちな落語家が抜けているのは気になったが)。これを踏み台に、更なるディープな世界へ……ということなんだろう。多分。

個人的にグッときたのは、立川談笑師匠についての記述。談笑師匠は、古典落語を現代風にアレンジする“改作落語”で知られている落語家だ。広瀬氏は、談笑師匠がどうして改作落語を生み出し続けるのか、その理由について次の様に思考する。

 もともと落語は「古典」などではなかった。そこに描かれる日常はかつての観客の日常であり、吉原も現実に存在した。落語は同時代人が共感する「身近なネタ」満載の大衆芸能として発展してきた。
 時代が変われば観客も変わる。生活様式も価値観も変化した現代において、設定自体に観客が共感できなくなった古典も少なくない。
「ならば設定を変えればいい」と談笑は考える。談笑にとって古典改作とは、現代人相手に落語を演る上での「論理的帰結」なのである。

第二十二席【「大胆な改作」立川談笑】より


ちなみに、本書のイラストは南伸坊が担当。読みやすい文章に親しみやすいイラスト、退屈凌ぎにのほほんと楽しめる一冊でもある。これを片手に寄席やホール、或いは落語のCDを買いに行くのはどうだろか。
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菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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