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異質の男・タモリを可愛がった喜劇人

タモリが司会を務めた今年の『27時間テレビ』では、今ではなかなか見ることの出来ない、彼の貴重な映像が幾つか放送されていた。その映像を見て、しみじみと思った。「タモリって、変な芸人だよなあ……」

今や『笑っていいとも!』のメインパーソナリティとして、テレビバラエティ史に堂々とその名を刻み込むことが確定されているタモリだが、その立ち位置はなんとも不思議だ。大手芸能事務所に属さず、漫才やコントといった演芸を見せず、やることといえば珍妙な形態模写……改めて考えてみると、こんなヘンテコな存在はそうそう見られるものじゃない。なのに、そのヘンテコな存在が、お昼の生放送の番組を取り仕切っている。これは、もはや不気味の領域だ。考えてもみれば、オールバックにサングラスというビジュアルも不気味だ。あんなのが自分の部屋に入ってきたら、怖くて怖くて……って、それ『世にも奇妙な物語』だよ!


そんなタモリの出自も、これまた変わっている。博多のホテルに泊まりに来ていた渡辺貞夫のマネージャーがタモリの友人で一緒に飲んでいたのだが、その帰りに別の部屋で山下洋輔トリオがテレビの音声をオフにしてアテレコしていたところを見かけ、こっそり加わるとちゃっかり意気投合、気に入られて東京へと誘われ、そこで知り合った赤塚不二夫の家に転がり込み……って、もうナニガナンダカワカラナイ。即興芸の才があったとはいえ、ここまで縁に恵まれた人間がかつて芸能史に存在しただろうか。ろくに修行もせず、芸の練習もせず、他人の家で堂々たる居候として過ごす……ああ、私もタモリみたいな人生を歩みたい!と、思わずにいられない。かくして、タモリは日本の演芸史にさほど関わりを持つことなく、純然たる即興芸の持ち主として、現在に至ったというわけだ。スッゴイデスネ。

しかし、そんなタモリが、ちょっとだけ関わりを持った喜劇人がいるという。その人の名は、トニー谷


トニー谷は戦後に登場した、キザな眼鏡にちょび髭がトレードマークの漫談家だ。日本テレビで放送されていた『アベック歌合戦』では司会を務め、あなたのお名前なんてぇの」という言い回しが流行語になった。当時の彼について、立川談志は「駄洒落と風刺がイリュージョンの如く交差して、それがフレッシュな芸になっていた」と語っている。そんなトニーとタモリが、交差した瞬間があったのである。以下、『赤塚不二夫対談集 これでいいのだ。』より抜粋。

タモリ「日本の喜劇人で考えてみると、トニー谷なんて凄かったよね」
赤塚「トニー谷……」
タモリ「まったく孤立していた人で、あの人のことは誰も認めなかったんだよね」
赤塚「あれ、俺の漫画のイヤミのモデルだもんねぇ。あれは、いただきザンス」
タモリ「あの人の晩年のほとんど仕事をしてなかった時期に、オレ、可愛がってもらってたの。それで、あの人と何回か会って言われたことは、「ボードビリアンってのは音楽だよ。音楽わかんないと、ボードビリアンはできない」って言ってたよね。あの人の中では、コメディアンとボードビリアンを大きく区別してましたよ。自分はボードビリアンだっていうのが、強烈にあったみたいですね。だから、ボードビリアンというよりコメディアンっていうのが強い日本の喜劇人の中では、孤立してしまったんでしょうね」


ボードビリアンというのは、いわゆるショービジネス(踊り、歌、手品、漫才)を演じる者のことである。GHQの通訳に採用され、アメリカのショーやパーティのMCをしていた経験のあるトニー谷のプライドが、自らをボードビリアンというスタンスへと導いたのだろう。そんなトニーが、タモリを可愛がっていたという事実は興味深い。演芸界とは繋がりが薄く、一方で音楽に関する造詣が深かったタモリに、トニーはなにかしらかのシンパシーを感じていたのではないだろうか。

そして思う。タモリって、もしかしたらボードビリアンなんじゃないのかしらん……と。
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菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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