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明石家さんま学序説

先日、タモリに関する記事を書いた。演芸史と絡めたちょっとマニアックな話題だったので、興味を持つ人もそんなにはいないだろうと想定していたのだが、蓋を開けてみると、思っていたよりもずっと沢山の反応を頂いたので驚いた。『27時間テレビ』の興奮冷めやらぬタイミングでの更新だったとはいえ、まさか普段の五倍近いアクセス数を記録することになろうとは……普段、私がお笑いDVDのレコメンドを書くために、どれだけ苦悩していると思ってるんだ……おっと、心の声が……。

さて。当該記事にも書いたが、タモリはいわゆる演芸と殆ど関わりを持つことなく現在のポジションまで登り詰めた、いわば純粋培養のパフォーマーである。漫才師でもなければコント師でもない、落語家でもなければ放送作家でもアナウンサーでもない。唯一無二の絶対的な存在、それがタモリだ。そんなタモリとはまったく逆の世界に生きていたにも関わらず、そのしがらみから逸脱し、やはりゴーイングマイウェイな生き様を見せている芸人がいる。“お笑い怪獣”の異名を持つ男、明石家さんまだ。


いわゆるお笑いの世界でも、師弟制度・昇進制度などの決まりが厳しく執り行われている落語の世界に籍を置いているにも関わらず、さんまはひたすら自由に笑いを取り続けている。その姿からは“落語家”というバックボーンなど、微塵も感じられない。彼を縛り付けているのは、もはや“笑い”だけだといっても過言ではないだろう。

そんな明石家さんまにも、師匠が存在する。その名も、笑福亭松之助。


五代目笑福亭松鶴の弟子にあたり、六代目笑福亭松鶴(仁鶴、鶴光、鶴瓶の師匠)とは兄弟弟子の関係にある。既に80歳を超えている高齢だが、今現在も落語家として高座に上がっているとのこと。そんな師匠であるならば、弟子のさんまの活躍ぶりを批判的に見ていてもおかしくない……と思うのが人の心というもの。しかし、どうやらそうではないらしい。
 
放送作家・松本尚久氏は、その著書『芸と噺と―落語を考えるヒント』において、笑福亭松之助の落語を次の様に評している。

彼の噺は、ひとつのヴィジョンを直截的に提示するだけが目的で、それ以上の<深い意味>を決して示さない。それは観客と何かを共有することなど少しも求めていないひとつの<ただの噺>で、演者は、それが完成されたと見るや、さっと高座を降りてゆく。


そんな笑福亭松之助の元に、後に“明石家さんま”となる高校生・杉本高文がやってきたのは、1974年(昭和49年)のことだった。松之助が杉本少年に自分を師匠に選んだ理由を尋ねると、「あんたはセンスがありますから」と答えたという。それを受けた松之助、「それはどうも、褒めていただいてありがとう」……なんとも恐るべき師匠、恐るべき弟子(志願者)である。その当時についた名前は“笑福亭さんま”。しかし、19歳の時に女性と一緒に失踪、一年後に舞い戻ってきた際に“明石家さんま”と亭号を改めさせられた。この亭号は、松之助の本名・明石徳三から来ているという。女と失踪した弟子がおめおめと帰ってきたところで、自分の本名を元にした亭号を作ってあげるという思考がなんとも凄い。それだけ認めていた、ということなんだろうが。

松之助とさんまの距離感を物語るエピソードがある。以下、雑誌『本人vol.11』での明石家さんまインタビューより抜粋。

さんま「一度、フジテレビの「バースデイ」という番組があって、番組の最後にゲストを泣かすコーナーがあるんですよ。で、スタッフが僕を泣かそうとして、師匠からの手紙を読む企画を考えたんです。で、最後に「笑福亭松之助師匠の登場です!」って言われて、隠しゲストやったから僕も「えっ!?」って驚いたんですけど、そしたら師匠、踊りながら出てきはったんですよ」
インタビュアー「(笑)」
さんま「泣かせるはずのコーナーが、それで一瞬にして台無しになって。手紙の内容もホント淡泊で「俺もテレビに出せ」とかいうような(笑)。そのときも僕、感動しましたね」


そんな松之助のことを、さんまは「価値観が合う」と語る。

落語をやり続ける師匠と、落語をやらない弟子。二人の立場はまったくの両極だが、その根底にある精神は非常に似ている。ここで再び、松本尚久氏の同著書より。松本氏は、笑福亭松之助と明石家さんまの関係性について、以下のように分析している。

 明石家さんまの在り方は松之助という噺家がひそかに提示したひとつのヴィジョンである。笑福亭松之助がイメージした噺家の形は、明石家さんまによって完成されている。
 それは、人間が徹底してひとりでなくてはならないということである。
「らくだ」の熊五郎と屑屋が、酒の力を借りても決してその距離をちぢめなかったように、松之助が決して観客となあなあにならなかったように、明石家さんまはテレビの中で、大勢の共演者と同じ画面におさまりながら、決して彼らとは馴れ合うことがない。その根底には、この世は仮の宿という乾いた認識があり、人間はひとりだという諦観がある。
 その冷厳な認識をごまかそうとする甘ったれた心の動きを、この師弟は認めない。


たった一人でテレビを舞台に戦い続ける男、明石家さんま。しかし、その根底には、“人間は徹底して一人”という共通認識の元とした師匠と弟子のキズナが確かに繋がっている。なお、師匠である笑福亭松之助はというと、こちらもさんまと同様に一人の道を歩んでいる。現在、松之助は上方落語協会を脱退し、その肩書きを“楽悟家”と改めている。松之助は語る。

「いま落語家の数はずいぶん増えました。けど、落語家の名前を名乗っているだけで安心している人が多いのではないでしょうか。私はそうなりたくないのです」

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とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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