スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『特撰 柳家小満ん 江戸景色』

特撰 柳家小満ん 江戸景色特撰 柳家小満ん 江戸景色
(2012/07/11)
柳家小満ん

商品詳細を見る

落語アンソロジー本『落語を聴かなくても人生は生きられる』の印税を貰ったので、そのお金で柳家小満ん師匠のCD-BOXを購入した。落語で得た金は落語に返すべきである、と考えたからだ。では、どうして数ある落語CDの中から、小満ん師匠のCD-BOXを選んだのか。実は、『落語を聴かなくても人生は生きられる』を編集した松本尚久氏が様々な落語家についてしたためた著書『芸と噺と―落語を考えるヒント』で小満ん師匠のことが取り上げられていて、以前から興味はあったのである。そんな折に飛び込んできた印税。使い道は他にないだろう(まだ幾らか残っているので、そっちはどうしようかしらんとは思っているが)。

柳家小満んは1942年2月の生まれ。19歳の時に『明烏』を聴いて衝撃を受け、八代目桂文楽に弟子入りする。つけられた名前は“桂小勇”。入門10年目の冬、文楽が亡くなったために五代目柳家小さん門下へと移籍。入門14年目に真打、三代目“柳家小満ん”を襲名する。今年2月に70歳となるも、まだまだ元気に現役として活躍している。片や、完璧主義と謳われた戦後の大名人。片や、人間国宝。そんな二人を師匠に持つとは、なかなかモノスゴイ経歴であるように思う。しかし、いざ小満ん師匠の落語を聴いてみると、文楽からの純然たる影響が感じられる。一体、小満んの落語のどこから、文楽らしさが漂っているのか。まだまだ落語について未熟な私には、その感覚を上手く言葉には出来ない。そこで、先の著書での松本氏の分析を、ここに抜粋する。

 落語ファンなら誰もが知っていることだが、文楽は噺から無駄を省き、搾りに絞った。
 そうしておいて、短い時間の中に、噺のエッセンスだけを凝縮させた。顕微鏡でみれば細部まで鋭利に違いない、雪の結晶のような噺。私の好きな「大仏餅」など十五分ほどの時間ながら、深々とした奥行きを感じさせてくれる。
 厳しく選んで、あとは惜しげもなく捨てるという作業は、何かを付け加えるという作業よりも、実は至難であるに違いない。
 いまの落語で、これをやっている殆ど唯一の人が柳家小満んである。師匠であった桂文楽の方法を受け継いで、すでに自身の世界をつくっている。


ただ、個人的には、小満んが文楽の芸の特徴を語っている文章に、小満んの芸を感じる。

 小満んさんによれば、文楽は噺のトーンの維持に最も神経を使っていて、会話、地の文一体になったテンションを保つために、息継ぎの個所がほかの人よりも少なく、また、普通は切らないところで息を継ぐように配分していた。さらに、会話のつながり方を最優先にしているので、ときに人物の上下が逆になっても、そのまま停滞せずにとにかく噺を進めたという。
 文楽の噺に展開される会話は、現実世界のそれとはかなり違う。人物の言葉には、思い入れ(心理説明)が殆どなく、そこでは最終的に選ばれた言葉だけが、ためらいもなく語られる。


初めて文楽の落語を聴いたとき、私はその凄さを理解できなかった。志ん生、圓生、小さんなど、他の名人と呼ばれた落語家たちの凄さについては(浅薄ではあるが)理解できたのに、文楽はまったく分からなかった。が、今になって考えてみると、それも当たり前の話なのだ。無いことの凄さを、有ることを知らない人間が知ることなど、出来るわけがない。ただ、その片鱗は掴んでいた。文楽の落語は、他の同時代の落語家に比べて、明らかに受け入れやすかった。無駄を省いているからこそあっさり受け入れられたのだと、そう今は思っている。……的外れかもしれないけど。

現在、半分まで聴いた。良かった。きっと、最後まで良いのだろう。今から楽しみだ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

連絡用メールアドレス
loxonin1000mg@yahoo.co.jp

Twitterアカウント
https://twitter.com/Sugaya03

検索フォーム
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。