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古今亭志ん朝『火焔太鼓』で新年を。

古今亭志ん朝1「お見立て」「火焔太鼓」 : 「朝日名人会」ライヴシリーズ 1古今亭志ん朝1「お見立て」「火焔太鼓」 : 「朝日名人会」ライヴシリーズ 1
(1999/12/18)
古今亭志ん朝

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喪中とはいえ、とりあえず新しい年を迎えたことを噛み締めたくなって、ちょっとくらいはめでたい気持ちを体感してもいいだろうと、正月からずっと古典落語『火焔太鼓』を聴いている。『火焔太鼓』とは、商売がヘタクソで目利きも良くないためにビンボーな生活をしている古道具屋の主人が、市場で仕入れてきたオンボロな太鼓の音がとある殿様の耳に留まり、高額で買い取ってもらう噺である。特に努力をしたわけでもない主人公が良い目を見るという、実に落語的なストーリーだ。昭和の名人といわれる古今亭志ん生が改良を加えて十八番とした演目で、かつては古今亭一門にとって一子相伝的な扱われ方をされていたのだが、志ん生の次男である古今亭志ん朝が友人の春風亭柳朝に半ば強引に持ってかれてしまい、今では誰もが演じる滑稽噺となっている。古今亭一門にしてみればとんだ災難だが、おかげで様々な演出の口演が残されるようになった。そういう意味では、現代の落語ファンはもっと柳朝に感謝すべきなのかもしれない。

現在、『火焔太鼓』の音源は、古今亭志ん生を筆頭に、古今亭志ん朝、十代目桂文治、古今亭圓菊、春風亭柳朝、金原亭馬の介、桂歌丸、柳家権太楼、十一代目桂文治、桃月庵白酒らの口演が残されている。それら全ての音源を聴いたわけではないが、やはり古今亭一門による口演は別格であるように思う。……権太楼師匠の我が道を行くスタイルも嫌いではないが。中でも志ん朝の『火焔太鼓』、特に若い頃の音源はとにかくエネルギッシュで、ストーリーを咀嚼した上で繰り出されるギャグの破壊力は尋常じゃない。文句の挟みようがない一品だ。……が、この正月には気まぐれに、比較的近年の口演を聴いてみた。今もリリースされ続けている人気シリーズ“朝日名人会シリーズ”の記念すべき第一弾に収録された、1999年2月の口演である。当時、志ん朝は61歳。まだまだ落語家としてはこれからという年齢だったが、この2年後の2001年10月1日、多くの落語家・落語ファンに惜しまれながら亡くなった。享年63歳。ある落語識者は、志ん朝の死を受けて「江戸落語の灯が消えた」とつぶやいたという。その大袈裟な言葉に説得力が生じるほど、当時の落語界における志ん朝の存在は大きかったらしい。

この志ん朝の『火焔太鼓』を初めて聴いた当時、私はまだまだ落語ビギナーだった。無論、今でも落語小僧の域を出てはいないが、それよりもずっと若かった。とにかく落語というジャンルに対する興味だけで落語を聴いていた、そんな時分だった。それ故か、この時期の『火焔太鼓』に対して、私はどこか面白味の無さを感じていた。面白いことは面白いんだけれど、なんだか物足りない。現役のNOWな落語家たちの口演に耳が慣れていたことも、私にそう思わせた原因の一つだろう。しかし、今になって改めて聴くと、これがかなり面白い。若い頃に比べて声の瑞々しさは薄れているし、突出して印象的なフレーズがあるわけでもない。でも、それは、年齢を重ねたことで声に重みが出てきたともいえるし、余計なギャグで笑いを取ろうとしていないともいえる。結果、そこには非常に正しい『火焔太鼓』が出来上がった……とは、やや言い過ぎか。実のところ、流れを乱しかねないほどに強烈なギャグもある。庭の松の木に縛り付けられた際の描写や、女房が屋敷に太鼓を持って行こうとする亭主に釘をさすくだりなどは、とてつもなく強烈で面白い。とはいえ、それは絶妙なバランス感覚によって、噺そのものを崩壊することはない。確かな地盤が出来ているからこそ、逸脱を恐れないギャグを吐き出せるのだ。これはやっぱりマスターピース、永遠の背番号3といっても過言ではないだろう。愉快、軽妙、高らかに、火焔太鼓は鳴り響く。
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菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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