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選ぶキミのため、そしてまた歌い出す


アラサーと呼ばれる年齢になってしまった今、いわゆる人生のレールと呼ばれている道が漠然と目の前に浮かんでいるような感覚がある。懸命に進んでいけば、きっとそれなりの未来へと辿り着けるだろう、という道である。無論、そこには想定外の試練や苦難が待ち受けているには違いないが、それでも下手さえ打たなければ、バランスさえ保つことが出来れば、少なくとも死ぬようなことは無いだろう。

しかし、そんな道を目の前にしているにも関わらず、私の中にはそこから抜け出したいという青臭い感情が少なからず残っている。正直、厄介だ。どうして、そんな感情が未だに心の中に居座っているのか、じっくりと考えてみたことがある。その時に出た結論は、「自分が選んだ道ではなかったから」という、なんとも無責任なものだった。しかし、これは思うに、的を外していない。これまで、私は人生における大きな決断を、一度として自らの意志で下したことはなかった。「なるようになる」という聞こえのいい言葉を頼りに、ただ漠然と自分にとって容易い道を選び、何も考えずに歩いて来たのである。その結果、自らの現状に頭を抱えているのだから、なんとも情けない。なのに、その道から抜け出そうという決断を下せずにウジウジしているのだから、いよいよもって情けない。情けないの国から情けないを広めに来たような人間、それが私なのである。

RHYMESTERのシングル『The Choice is Yours』は、選ぶことの重大性を示した曲だ。そこには、東日本大震災の後に様々な場所で繰り広げられたデマや煽動に対する違和感と、それらの情報に載せられてしまいがちな人々に対する警鐘がはっきりと言葉で表されている。

また時代は巨大な地殻変動 浮足立つ輩まるでイベント
あの吊るし上げは誰が扇動? 誰が卑劣漢? 誰が守銭奴?
誰もがお互い指差してばっか さもなきゃもっと弱いのから奪うか
誰かの尻馬乗っかってばっか キミも誰かを裁くか?


しかし、それはなにも震災後の特殊な状況下においてのみ適用されることではない。いつ、どんな事態であっても、自分で考えて自分で選んで自分で決めるべきなのである。此度の震災において、それが出来ていない人間が数多く存在することが明らかになった。……だからといって、安心している場合ではない。とどのつまり、自分を含んだ多くの人たちが「誰かの尻馬に乗っかってばっか」なのである。これでいいのか。いいわけがない。これまでそれが出来なかった分、それが出来るようにならなくては! ……と、気持ちを盛り上げようとする一方で、しかしやっぱり人生は「なるようになる」と考えてしまう今日この頃なのである。感覚が一度へたってしまうと、これがなかなか治らない……。


だから彼らは歌い出す、そしてまた歌い出す……。
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初めまして。
以前、さんまさんの序論を拝見し、考察に共感させていただいた者です。
今回もタイトルにつられて拝見。
そこで「道」について気になりまして初コメ。

数年前、人生の選択に立たされた時、ある方から言われたのですが「道は歩む先に有るんじゃないよ。歩んだ後に道ができるんだよ」と…

みんなに当てはまるものではないと思いますが、
ただただ自分がハッ!とさせられただけの言葉ですが、
何となく浮かんできたので、書かせていただきました。

駄文にて失礼いたしますm(__)m。

これからもブログ楽しみにしております!

はじめまして!
僕の前に道はない、僕の後に道は出来る。
そうなんですよねえ。問題は「僕」が何処を道として選ぶか、なんですよねえ。
プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

連絡用メールアドレス
loxonin1000mg@yahoo.co.jp

Twitterアカウント
https://twitter.com/Sugaya03

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