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談志が愛した不精の女房

立川談志『新釈落語噺 その2』を読む。

新釈落語噺〈その2〉 (中公文庫)新釈落語噺〈その2〉 (中公文庫)
(2002/05)
立川 談志

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『新釈落語噺』とは、落語界の風雲児・立川談志が古典落語を独自の視点と分析によって解説した“落語論”である。タイトルの由来となっているのは太宰治『新釈諸国噺』だが、師曰く「内容的には『お伽草紙』に近い」とのこと。私はそのどちらも読んだことがないので両者の違いは分からないが、“栴檀は双葉より芳し”という言葉の通り、家元(※談志は立川流家元のため、師をこう呼ぶ人が多い)が幼い時分に読んで感動したというのだからきっと傑作なのだろう。現在、両方の作品を収めた文庫本が、気軽に手に出来る値段で売られている。いつかは読んでみようと思っているような、いないような。

お伽草紙 (新潮文庫)お伽草紙 (新潮文庫)
(2009/03)
太宰 治

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話を戻す。この『新釈落語噺』シリーズは、古典落語を解説している本ではあるのだが、その内容が時に家元自身の経験談へと脱線してしまうことも少なくない。落語について真剣に学ぼうという人間にしてみれば迷惑な話かもしれないが……そもそもそんな輩がいるのかどうか……そんな私的な話が本筋と同様に、或いはそれ以上に面白いこともあるので、読んでいる方としては気にならない。そんな脱線話の中でも、私が特に興味深く読んだのが『不精床』だ。

『不精床』とは、その名の通り不精な床屋が登場する落語である。ふらりと入った床屋の主人がトンデモナイ不精者だったために、やっぱりトンデモナイ目に合わされてしまう男の姿が描かれている。となると、当然の如く、話の方も不精者に関するエピソードに脱線することになるのだが……ここで家元は、実の女房について語っているのである。これは個人的な印象に過ぎないが、家元がご存命の折に、私は師がいわゆる“所帯持ち”だということにまったく気付かなかった。妙な話になるが、子どもがいるということを知ってはいたが、女房の存在にまるで興味を持てなかったのである。しかし、考えてみると、これほど興味深い存在もない。落語の世界のみならず、芸人の世界にまで広く影響を与えてきた“芸人の巨星”と日常を共にしようとした女性……それは一体、どのような人物だったのか。
 
『不精床』において、家元は女房について次の様に語っている。

 ちなみに我が家の女房は不精である。
 その証拠に、あまり掃除というものをしない。汚れてるのを驚かない、気にしない。
「なんで掃除をしないのかネ」に、
「だって、掃除なんて、日本中のゴミを何っ処(どっか)に寄せ集めてるだけだもン……」
ときたね。
「掃除(そんな)もの、やればすぐ出来る。すぐ出来るものなんていちいち気にしない」ともいった。

第六席「不精床」より


なかなかにキョーレツな人物である。この他にも、

 電灯の傘が順々に破れて落ちて、裸電球になった。仕舞いにゃ電球も落ち、ソケットも壊れ、裸の電線になっちゃった。“危険だ”と見たら、ビニールテープが巻いてあった。

第六席「不精床」より


だの、

 風呂場に置いてあった、洗濯機の台の一部が壊れて、洗濯機が傾いちゃった。流石に困ったのか台を直したのはいいが、見たら何と、その台はあの厚い電話帳だった。水の流れる処に電話帳、あれはいくら厚くも紙である。
「何とかなってる」という理由らしい……。

第六席「不精床」より


だの、いちいちパンチが効いている。

晩年、家元が立川流顧問で小説家の吉川潮との対談形式で自身の半生について語った『人生、成り行き』には、このキョーレツな女房とのエピソードがより深く語られている。

人生、成り行き―談志一代記 (新潮文庫)人生、成り行き―談志一代記 (新潮文庫)
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立川 談志

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家元が不精の女房……もとい則子夫人と結婚したのは、昭和35年(1960年)のこと。この時代、落語家は寄席の従業員や師匠の家の女中のような落語関係者と結婚することが多かったのだが、則子夫人は第一生命ホールの従業員で、いわゆる素人の女性だった。当時、家元は“若手落語会”に出演するために第一生命ホールを出入りしていたので、彼女と知り合うことが出来たのである。初めて目にしたときは「かわいい子だな」と思った家元。しかし、結婚を決めた理由は、彼女の内面的な部分にあったという。

談志「ある時、おれは何かで怒ったんだよ。そしたら、「怒られちゃった……」って呟いたんです。その様子にネ、ほう、これはいいな、かわいいな、こいつは大事にしとかなきゃと思った」

第四回「結婚、そして先を越された真打ち昇進」より


そして二人は結婚。家元が24歳、則子夫人が22歳の頃である。

結婚したことについて、家元は最初のうちはおおっぴらには言わなかったという。その理由について、吉川が「師匠が結婚を明かさなかったのは、落語界の古い世界に則子夫人を入れたくなかったせいもありませんか」と切り込んでいる。その答えが、こちら。

談志「三平さんが香葉子さんと一緒になって新婚旅行に行く、というのが楽屋で問題になったような世界です(昭和二十七年のこと)。落語家のくせに生意気だ、ってね。三平さんの師匠の先代円蔵が取り成して、無事二人は綱島温泉に新婚旅行に行けたんです。あたしが結婚した時分は、その頃よりはマシになってたでしょうが……。小さん師匠がおかみさんと夫婦で文楽師匠の家に行っては、掃除したり何したり、言葉は悪いけど狆コロみたいに働いてました。おれは、あれを見るのが実にイヤでしてね」
吉川「弟子としては見たくない光景ですものね」
談志「もちろん、文楽師匠としては、若い頃から目をかけて育てて、小さんを襲名させる時もライバルの正蔵を抑え込むのに尽力してやった、ということがあったんでしょう。小さん師匠も充分恩義に感じていたし、そもそも愚痴や文句を言う人じゃないし、おかみさんも「自分が陰に日向に亭主を支えてるんだ」と思ってたろうし……でも、あれを見て、あたしは自分の女房だけは落語界に持ち込むまいと思ったね」

第四回「結婚、そして先を越された真打ち昇進」より


このエピソードからも分かるように、家元は則子夫人のことを大変に愛していたようだ。この他にも、

談志「会う人はみんな好きになるんじゃないですか。嫌なところのないひとだからね」

第四回「結婚、そして先を越された真打ち昇進」より


と断言していたり、

談志「おれが寝てるところにやってきて、「寝られない」って言うんです。「じゃ、落語やってやるから寝なさい」って、彼女の枕元で一席やるんだね。そうすると寝ちゃうんだ。贅沢なもんだよネ。「粗忽長屋」やろうが「黄金餅」やろうが、全然わからないんだから。すやすや眠ってる」

第四回「結婚、そして先を越された真打ち昇進」より


なんていう話もしたりしていて、実に微笑ましい。

『人生、成り行き』には、この他にも様々な則子夫人に関するエピソードが語られているのだが、どれもこれも実に人間味を感じさせられる話ばかりで、読んでいて非常に和んだ。そして、家元の様な人間と一緒にいられる理由も、なんとなく理解することが出来たように思う。家元の様に繊細かつ神経質な人間には、則子夫人の様な“柔よく剛を制す”人間が丁度良いのだ……いや、この場合はむしろ“割れ鍋に綴じ蓋”だろうか。「自分が所帯を持てるような人間じゃないと思っていました」といっていた家元が則子夫人と出会えたことは、師にとって最大の幸運だったといえるのかもしれない。

ちなみに、『新釈落語噺 その2』における『不精床』論は、次の文章でまとめられている。

 結論をいうか。ナニ結論という程の“モノニ非ズ”だが。
 南米、中南米にいくと“アスタ・マニャーナ”という言葉があるが、この了見だ。人間不精のほうがいい。人生なんてたいして意義なんざァない。生れて、死にゃあ、それでいい。
 ところが人間それがどうやら嫌いらしい。何で嫌いになったのか、“人生意義を持たないと人間として失格だ”、なんていう学習をされてきたのかも知れないし、その人間の何処かに、生きる意義というか、“何かやってないと保たない”という妙なオビエがあるのか。はたまた“退屈にたえられないのが人間”なのか……。
 だとしたら意義なんて小さいほうがいい。マッチ棒一本眺めて一日送れればそれがいい、一番いい、楽でいい。
 不精でない奴が、物事にマメな奴が、この文明を創ってきたのだろうが、文明なんてタカが知れてるし、今日になって、むしろ「罪悪」とまで思う人が多くなった世の中だ。
 さすりゃあ人間不精に限る。

第六席「不精床」より


ところで、家元が亡くなってからの則子夫人についてだが……よそう、面倒臭ェ。
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プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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