スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

タモリ解放宣言

先日の10月22日、仕事の合間になんとなーくTwitterを覗いてみると、「『笑っていいとも!』終了」などというツイートが目に留まった。やれやれ、また何処かのゴシップ誌が根拠のない記事を書いたのか、そんな方法で銭を稼ごうなんて非クリエイティブにも程がある……と、そんなようなことを考えながらTLを遡ってみたら、これがどうやら事実らしいことが分かった。

『笑っていいとも!』が終わる。そうか。遂に終わるのか。理由は容易に想像できた。ビートたけし、明石家さんま、志村けんよりも高齢のタモリが、いつまでもお昼の生放送番組を続けていられるわけがない。精神的に乗り切れたとしても、体力的に難しい。番組が終わるのも時間の問題だった。でも、しかし、それにしても……こんな、なんでもない日に、番組の終了が告げられるなんて。青天の霹靂という言葉が頭に浮かんだが、実際の天気は台風の接近によって曇り空だった。雨、大風、稲光。週末には嵐が訪れるという。

それから2日ほど経った今、そういえば『笑っていいとも!』のテレフォンゲスト表が掲載されていたっけーと思いながら、何の気なしに本棚の『テレビお笑いタレント史 お笑いブームはここから始まった』(山中伊知郎監修)を手に取って開いてみたら、番組の放送が開始された1982年10月から2005年7月までのテレフォンショッキング・ゲスト一覧表(記念すべき第一回のゲストは桜田淳子だった)に加えて、番組が始まるまでのいきさつが書かれていた。これによると、なんとタモリは当初、『笑っていいとも!』に対して乗り気ではなかったのだそうだ。

 だが、実際に交渉を始めてみると、なかなか色よい返事がもらえない。事務所もあまり乗らない。すでに日本テレビの『今夜は最高』をはじめ、レギュラーも多く、正午の帯のナマ番組を入れるにはスケジュールがあまりにもなさ過ぎたのである。
 しかも1983年1月には、親戚を含めたファミリーでハワイ旅行に行く予定が入っていた。九州男児であるタモリにとって、ファミリーに対しての約束は重い。そう簡単にはキャンセルできない。
 だが、それ以上にネックとなったのが、客観状況だろう。どう考えても、損な役回りになりかねない状況ではあった。
 確かに前番組『笑ってる場合ですよ!』は新たな視聴者層を開拓し、そこそこ数字も稼いだ。だがMANZAIブームが一息つくとともに下降線をたどりつつ終わっている。果たして、同じバラエティ路線で、新たについてくれる視聴者はどれくらいいるのか? また、当時のタモリにはサングラスをかけた「密室芸」の人、という夜のイメージが強かった。これに主婦層が反発するのではないか、と危惧する声もあった。
 一言でいえば、タモリで昼のバラエティをやっても「当たりそうにない」状態だった。これではなかなか首を縦には振らない。そこを横澤は説得した。
「これは森田一義ショー、つまりあなたのショーなんですよ」

(『テレビお笑いタレント史』95頁-96頁)


ここでいう横澤とは、テレビプロデューサーとして数々の実績を残してきた横澤彪氏である。結局、横澤の説得に応じたタモリは、『笑っていいとも!』への出演を決意。とはいえ、それも「3ヶ月だけやってみようか」という、非常に控え目な気持ちによるものだったらしい。しかし結果は、ご存知の通り。タモリはハワイ旅行をキャンセルし、以後、現在に至るまで『笑っていいとも!』の看板を背負い続けてきたわけだ。なんとも面白い話である。

ちなみに、この『笑っていいとも!』という番組のタイトルも、実はタモリに寄せたものであるとこの本には書かれていた。

「いいとも!」という言葉自体が、タモリも関わっていたジャズメンたちから生まれたもので、中村誠一がギャグとして連発していたとか。
 それも、もともとはあまり心地よく使う言葉ではないようで、たとえばスタジオミュージシャンが演奏をしている。しかし、ブースのスタッフのちょっとしたミスでもう一度とり直さなくてはならなくなる。ディレクターはミュージシャンに、「すいません、もう1回お願いできますか?」と頼む。またやるのかよ、とちょっと不機嫌なミュージシャンだが、やらないことには仕事が終わらない。それでヤケクソにこう答える。「いいとも!」

(『テレビお笑いタレント史』95頁)


この由来を深読みすると、ちょっと面白い画が頭に浮かんでくる。そろそろ番組を終わらせたいタモリ。元々、さほど乗り気ではなかったし……と、そこへプロデューサーがやってきて「タモリさん、もう1回お願いできますか?」と頼む。またやるのかよ、と思いながらもタレントとしての血が騒いで、ついつい笑いながら「いいとも!」。……まあ、そんなやりとりはなかったとは思うが。

「そろそろ番組を終わらせてもいいかな?」「いいとも!」

やっとハワイに行けるなあ。

追記。Twitterで「『笑っていいとも!』がハワイから生放送をお届けしたことがあった」という情報を目にする。もしもそれが事実だとすれば、せっかくちょっとイイ話風にまとめたこの記事が台無しになってしまう。ダメ学生の味方ことWikipediaによると、なんでも1990年1月4日・5日の『笑っていいとも!』では、ハワイでの生放送が行われたらしい。ちなみに、この日のテレフォンゲストは研ナオコ(4日)と山田邦子(5日)だそうだ。はてさて、どんな内容だったんだろうねえ……と、興味をそちらに逸らすことで、オチの失敗を見逃す作戦だ! ダメか! うーん。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

連絡用メールアドレス
loxonin1000mg@yahoo.co.jp

Twitterアカウント
https://twitter.com/Sugaya03

検索フォーム
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。