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松本、漫才に帰る『R100』

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大森南朋、大地真央 他

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都内有名家具店に勤務する片山貴文には秘密があった。それは、謎のクラブ「ボンテージ」に入会してしまったということ。以降、様々なタイプの美女たちが片山の日常生活の中に突然現れ、彼をこれまで味わったことのない世界へと誘っていった。しかし内容は次第にエスカレートしていき、女性たちは彼の職場や家庭にも現れるようになる。耐えられなくなった片山はプレイの中止を求めるが、一向に受け入れられない。さらなる予測不能の事態が次々と巻き起こる中、果たして彼の運命は!?(内容紹介より)


2013年10月25日金曜日夕刻、仕事を終えた私は自らの車で遠方の映画館へと向かっていた。ダウンタウンのボケ担当・松本人志が監督を務める映画『R100』を観るためである。

過去、松本は自身が監督を務めている映画を三作品、世に送り出している。『大日本人』(2007年)、『しんぼる』(2009年)、『さや侍』(2011年)、以上の三作だ。そして、私はそれらの映画を、全て鑑賞していた。とはいえ、それは松本人志を尊敬して止まない、いわゆる松本信者のそれとは違い、お笑いについて御託を述べる人間として、時代を代表する芸人の一人である松本人志の映画を見逃すわけにはいかないという、半ば使命感によるところが大きかった。だが、これまでの三作品を鑑賞してきて、私の松本映画に対する興味は意気消沈しつつあった。それらが決して面白くなかったわけではない。『大日本人』『しんぼる』『さや侍』、それぞれに観るべき点はあった。しかし、それらの作品には総じて、素晴らしい映画を鑑賞した際に生じる特有のカタルシスが感じられなかった。特に『しんぼる』『さや侍』は笑いの要素がブツ切りにされている感が強く、世界観に浸りにくかったことが大きなネックとなっていた様に思う。

加えて、本作に対するバッシングが私の鑑賞意欲をより萎えさせた。松本映画に対して過剰なバッシングが行われるのはもはや通例だが(一時代を築いた人間の衰え(と判断させるもの)に対して、大衆はあまりにも素直に非情である)、今回は映画愛好家を自称する一部の人たちからの批判も少なからず見られたからだ。彼らの言い分によると、本作には映画好きであれば「決して見逃すわけにはいかない」描写が施されているそうで、学生時代に映画研究部に所属、お笑い鑑賞と映画鑑賞に青春を注ぎ込んでいた私としては、なんとも板挟みにされているような気持ちになっていたのである。それでも、私が『R100』を鑑賞するに至ったのは、それらの批評が世に出回る前に前売り券を買ってしまっていたからだ。前売り券を買ってしまったからには、その映画を観るしかない。もはや賽は投げられていたわけだが、むしろ私はサジを投げたかった。そんな気持ちで鑑賞に至ったのだが……結論からいうと、バッシングされているほどヒドい映画ではなかった。いや、むしろ、これまでの松本作品に比べ、圧倒的に面白かったと言ってしまっていい出来だった。
 
『R100』は、典型的な漫才の構成で作られた映画だ。

まず、最初に「本来なら閉鎖的な空間で秘密裏に行われるべきSM行為が、日常的なシチュエーションで楽しめるクラブがあったとしたら?」というシチュエーションが提示される。セクシーな女王たちによって行われる、危険で魅力的なプレイの数々。日常の中に放り込まれる非日常的な存在、そのギャップが静かな笑いを生み出していく。無論、それだけでは盛り上がりに欠けるので、他にも小さな笑いの要素を散りばめている。決して難解ではない。松本自身が企画を務める『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』でも目にするような、非常に分かりやすい笑いだ。それらの細かいくすぐりによって、観る側の意識は決して削がれることはない。しかし、ある事件をきっかけに、そのシチュエーションは急速の崩壊していく。SMクラブは良からぬ方向へと掘り下げられていき、事態はどんどんエスカレート。それまで丁寧に描かれていた現実感は何処かへと消え去ってしまい、残されたのは徹底したバカバカしさだけになる。分かりやすい導入、飽きさせない構成、壊れていく状況、そして辿り着く混沌……これはまさしく、漫才そのものなのだ。

この例えが分かりにくいという人は、笑い飯が『M-1グランプリ2009』で披露していた漫才『鳥人』を思い出すといいかもしれない。まず「鳥好きな子どもに素敵なプレゼントをしてくれる鳥人」という奇怪なキャラクターを提示し、幾つかのやりとりで、その存在を観客に認識させる。ある程度、その存在を認識させたところで、当初の「素敵なプレゼントをしてくれる」という設定から逸脱した「ねぎまを食べて登場」「クラスに転入」などの奇怪な展開を見せ始める。そして、最終的には「鳥進一」「手羽真一」など、もはや「鳥人」というキャラクターからも離れた、混沌へと陥ってしまう。この構成は『鳥人』に限らず、様々な漫才において行われている。言ってみれば『R100』は、松本人志が発案した漫才をそのまま映像化したような映画なのである。それ故に、本作は非常に分かりやすく、過去のどの作品よりも笑えるように作られている。漫才は演芸としての構造上、観客の視線を無視しては作れないからだ。もし、本作を観て、その内容が理解できないという人がいれば、それはもはや松本人志の世界観が「生理的に合わない」のだと断言していいだろう。

ただ、映画作品として満足できる内容だったかというと、そうでもない。漫才の構成が土台となっている以上、映画ならではの重厚感からはどうしてもかけ離れてしまっている。そこにカタルシスはないこともないが、物足りない。しかし、そもそもの話、この作品以上に映画として希薄な映画が、世の中にはどれだけ出回っているだろう。これといって盛り上がることもなく、ただただ空しく時間を浪費させられるだけの映画が、世界にどれだけ存在しているだろう。それらの映画に比べれば、本作の100分という上映時間は決して無駄ではない。観客動員数の少なさが故に、もうすぐ上映を終えてしまう映画館も少なくないと思われる(実際、私が鑑賞した劇場も、今月中に上映を打ち切ってしまうらしい)が、一見の価値は有る。迷っているなら、行くべきだ。

ところで、一部の映画愛好家と呼ばれる人たちが怒り心頭だった要素だが、これに関してはまったくのお門違いだった。これについて詳しく言及するとネタバレになってしまうので控えるが、彼らは例の監督の前作が『風の又三郎』だったことをもっと考慮すべきだろう。これを安易に「自身の映画に対する言い訳だ」と批判している声を少なからず見たが、それこそが松本の狙いなのである。そこに意識を逸らしておいて……ここからはいよいよネタバレになるので、自粛。
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理解できぬ魅力

7日のことですが、映画「R100」を鑑賞しました。 片山は誘惑に負け性的欲求を満たすためにクラブ「ボンテージ」へ入会する。 日常生活の中に次々と女王様が現れるもので、片山はえもいわれぬ快感を得るがその内容は次第にエスカレートしていって・・・ 松本人志監督ら...

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No title

LEGOムービーが公開されるそう。ぜひ感想聞きたいですね。

No title

僕も興味は少なからずあるんですが、四国で上映されないんですよねえ……。
プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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