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『枝雀らくごの舞台裏』(小佐田定雄)

枝雀らくごの舞台裏 (ちくま新書)枝雀らくごの舞台裏 (ちくま新書)
(2013/09/04)
小佐田 定雄

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私が初めて聴いた二代目桂枝雀の落語は、レンタルショップで気まぐれに借りた『THE 枝雀』に収録されている口演だった。演題は『宿替え』『宿屋仇』。どちらも明るく呑気な噺で、師匠の良さが存分に発揮されているネタなのだが、当時の私は上方落語を聴くことに慣れておらず、その喋りの癖の強さがどうも受け入れられなかった。その後に、枝雀の師匠にあたる三代目桂米朝の丁寧な口演を受けて、上方落語のニュアンスを理解した後に聴いてみて、ちゃんとその良さを認識することが出来たのだが。結局、何かを理解するためには、ただ上等な作品に触れるだけではなく、それを正しく受け入れられる心持ちであることも重要なのだと、この時はしみじみと思ったものだ。

電話の内容は台本を読んだということ。ぜひ演じさせてほしい。ついては一度会って話がしたい……というまさに夢のようなものだった。まだ会社勤めをしていたころだから、次の土曜か日曜に枝雀さんが出演していた道頓堀の角座で会うことになった。そこで、枝雀さんから、「こんな台本、待ってましたんや」と天にも昇るような望外なお褒めの言葉をいただいた上に、「次回の『枝雀の会』でやらせてもらいます」と約束していただけた。その日の帰り道、きっとただでさえしまりのない私の顔は、ほどけきっていたにちがいない。

(本文227頁「幽霊の辻」より)


本書は、二代目桂枝雀の座付作家・小佐田定雄が、師匠の持ちネタをきっかけに様々な思い出噺を展開している一冊である。小佐田氏はサラリーマンだった頃に『幽霊の辻』という新作落語の原稿を師匠に送り付け、その才能を見出されるという異例の形で落語業界に飛び込んだ人物だ。師匠の没後も、数々の新作落語を書き上げ、上方落語の世界で多大に貢献している。いわば小佐田氏は、師匠の「新作落語を作りたい」という心持ちに、上等な作品でもって答えたのである。そのアメリカンドリームを思わせる人生模様は、ある意味、落語好きにとって、最も理想的な生き方をされているといえるのかもしれない。

そんな小佐田氏の文章は、二代目桂枝雀に対する深い尊敬と愛情で満ち溢れている。本当に話の細かい所までしっかりと記憶しているし、なにより、彼の語る師匠はとてつもなく魅力的だ。落語に対する並々ならない感性の鋭さを見せかと思えば、私生活で垣間見せる人柄もたまらない。例えば、弟弟子である桂ざこばについての話は、ちょっとうるっときてしまった。

 ざこばさんは朝丸、枝雀さんもまだ小米と名乗っていた時代というから、おそらく六〇年代のことだと思う。ある雨の日、二人が肩を並べて歩いていると、道ばたに生まれたての仔犬が捨てられていた。いったんは通り過ぎたものの、立ち止まった朝丸は、
「兄ちゃん、ぼく、さっきの仔犬になにかしてやりたいねん」と言い出したのだそうだ。小米は、
「あのな、いま、この仔犬になんぞやったところで、いつまでも面倒をみてやれるわけやないねん。中途半端な情をかけてやるよりは、このままほっといたほうがええんやないか」と諭したが、
「兄ちゃんの言うてることもわかるけど、ぼくはいま、なにかをしてやりたいねん!」
 そう言い残すと朝丸は近所の売店で牛乳を買い、きびすを返して仔犬の捨てられていたところへ走って行った。雨の中、遠ざかって行く朝丸の後ろ姿を見送りながら、小米はおなかの底から「えらいやっちゃなあ」と思ったのだそうだ。
「わたしら妙に賢いというか醒めたとこがおますやろ。ついつい自分の都合のええ理屈で判断してしまいますねんけど、朝丸にはそういうところが一切おまへん。自分の心に正直な男ですねん。ほんまにえらい男です」
 そう語った枝雀さんの声は泣いていた。

(本文94~95頁「鴻池の犬」より)


ざこば師匠の行動も素敵だが、それを優しく受け止める枝雀師匠の関係がなんとも美しい。

先にも書いたことだが、本書で綴られている枝雀の姿はとてつもなく魅力的だ。……だからこそ、本書を読み進んでいけばいくほど、彼が非業の死を遂げたことを残念に思ってしまう。これだけの才能があって、これだけの感性があって、これだけの人たちに親しまれて、どうして自らの手で人生を終わらせてしまったのか……。没後10年以上が過ぎている今でも、その喪失感は深く胸に響いてくる。そういう意味では、非常に罪作りな本ともいえるのかもしれない。どんなに求めても、今、師匠は何処にもいないのだ。

あれからずいぶん長い時が流れたが、枝雀さんの「おもいで」は永遠に私の手元にある。

(本文240頁「おもいでや」より)


そんな思い出を幾つか残していかなくてはならないな、と思わなくもない。
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プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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