スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ドラマ『福家警部補の挨拶』

福家警部補の挨拶 (創元推理文庫)福家警部補の挨拶 (創元推理文庫)
(2008/12)
大倉 崇裕

商品詳細を見る

ドラマ版『福家警部補の挨拶』を見終える。第一話から欠かすことなく鑑賞し続けていたのだが、はっきり言って、そんなに面白くはなかった。『刑事コロンボ』『古畑任三郎』を彷彿とさせる倒叙形式にはコーフンしたし、脇を固める稲垣吾郎・柄本時生も良い演技を見せていた。主人公の福家警部補を演じる檀れいには少し違和感を覚えたが(福家のキャラクターと檀れいのビジュアルに多少のズレが……)、否定するほどではなく、似合わない役を立派に演じきれていたと思う。

犯人の言い分を福家の一言でシャットアウトするエピソードの終わらせ方も、テレビドラマとは思えない鋭い切れ味を感じさせてくれた。特に、第2話『禁断の筋書』、第4話『月の雫』、第6話『愛情のシナリオ』の最後は、こちらの背筋がゾクゾクッとするくらいに素晴らしいエンディングだった。ストーリーがほぼ一つの個室だけで展開している第9話『或る夜の出来事』も、実験的で面白かったなあ。“シティボーイズ”きたろうと“やっぱり猫が好き”室井滋というキャスティングが、もうたまらなかったなあ。

それでも、最終的に「そんなに面白くなかった」と感じさせられてしまう理由は、このドラマがミステリー以外の部分を描こうとしたからだろう。もう少し直接的に表現すると、このドラマは福家警部補の過去を匂わせることで、物語に深みを加えようとしたのである。だが、先にも述べたように、『福家警部補の挨拶』は『刑事コロンボ』『古畑任三郎』の流れを汲んだ倒叙形式である。犯人の犯行を先に見せる倒叙形式において、メインとなるべきなのは、犯人であり、被害者であり、事件の背景だ。事実、コロンボや古畑について、一般的に知られていることといえば、その喋り方や真偽曖昧な家族構成に過ぎない。彼らがどのような事件に遭遇し、どうやって危機を乗り越えてきたのか、視聴者は画面に映し出されるドラマでしか知ることは出来ない。

なのに、『福家警部補の挨拶』は、最終回が近づくごとに福家の過去を強く匂わせるようになっていき、気が付けば、肝心の事件よりも福家の存在が肥大している事態に。そういう刑事ドラマを否定するつもりはないが、『福家警部補の挨拶』はそういう刑事ドラマじゃないだろ! で、それだけでもかなりガックシきているのに、最終回の展開が、まんま『踊る大捜査線』の青島と室井で、更に脱力。それまで寛容に受け入れてきた私も、思わず「このクソみたいなプロット書いたのは誰だあっ!!」と、海原雄山ばりに駆け込みたくなってしまった(何処にだよ)。

ところどころに作り手の気合いが感じられる作品だっただけに、良い意味での人間臭い部分を紋切型な刑事ドラマ展開で潰してしまっていたのは、本当に残念だった。原作のトリックを映像用に分かりやすく改変していたりして、けっこう頑張っているところは頑張っていたんだけれどなあ。残念だ、本当に残念だ。

余談。テレビドラマの影響を受けて、大倉崇裕による原作本を購読したのだが(文庫化されている『福家警部補の挨拶』『福家警部補の再訪』)、文章表現が実に端的で非常に読みやすく、面白かった。ドラマ版福家の様な熱っぽさはなく、むしろまったくの無感情で犯人に立ち向かう福家の姿は、清々しいほどに事務的だ。……これ、このままドラマ化した方が、もしかしたら……。個人的に気に入っているエピソードは、『最後の一冊(挨拶)』『マックス号事件(再訪)』『相棒(再訪)』。とりわけ『マックス号事件』は船上での殺人事件を福家が捜査するというドラマチックな設定で、非常に面白かった。これこそ映像化に向いているのではないかと思うのだが……予算の都合なのかなあ……。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

連絡用メールアドレス
loxonin1000mg@yahoo.co.jp

Twitterアカウント
https://twitter.com/Sugaya03

検索フォーム
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。