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NHKと低俗と私。(追記アリマス)

■「NHKの番組は低俗になっていないか?」ロンブー淳さんの反論でも話題の質疑全文(BLOGOS)

平日の夜はテレビに張り付きっぱなしな私だが、「じゃあ、テレビが好きなんだね」と言われると、どうも素直に頷けない。テレビに張り付いてはいるが、直視しているわけではないからである。大概の場合、テレビから流れてくる映像や音をBGMにして、本を読んでいたり、ケータイをいじっていたり、電源を消し忘れて寝てしまっていたりしている。そんな自分を、果たしてテレビ好きと言えるのか。言える人もいるかもしれないが、私は言えない人である。

そんな私でも、ついつい憤慨してしまったのが、中田宏衆議院議員(日本維新の会所属)の発言だ。なんとこの方、NHKの予算案審議の場で、『ケータイ大喜利』『コントの劇場』『7人のコント侍』を低俗呼ばわりしたんだという。真剣なテレビ好きではないけれども、テレビバラエティを見るのは嫌いじゃない私は思わず憤慨だ。「あのさあ、『コントの劇場』『7人のコント侍』は観たことないから低俗かどうかわかんないけどさあ、視聴者から寄せられた回答で成立している『ケータイ大喜利』を低俗っていうのはどうなのよって、私は思うわけえ。だってさあ、それってさあ、番組を楽しませている投稿者も低俗って言っているようなものじゃんさあ」と、思わず口調も桃井かおり風だ。

ところが、実際にその発言がなされたやりとりをテキスト化した記事を読んでみると、ちょっとだけ印象が変わった。要するに、この中田という人は【低俗な民放バラエティの真似をせずに、NHKは民放がやらないことをしっかりとやってもらいたい】ということを言いたかったらしい。なーんだ、だったら最初からそう言えばいいのに。“低俗”なんて聞こえの悪い表現を使うから、変に疑われるようなことになるんじゃないか、まったく。……と、自分のことを棚に上げつつ。

とはいえ、『ケータイ大喜利』『コントの劇場』『7人のコント侍』が、本当に民放の真似をしているのかと考えてみると、なんとなーく違和感を覚える。少なくとも、今の民放に『コントの劇場』『7人のコント侍』の様なコント番組は難しい。コント番組は予算がかかるのに、視聴率があまり芳しくないからだと聞いている。事実、私自身も、深夜帯にコント番組として始まったにも関わらず、ゴールデンタイムへと移動した途端にトークや企画のコーナーが設けられるようになっていった番組を幾つか知っている。視聴率の問題によって民放でコント番組が出来ない現状があるのだから、視聴率とは無関係な立場にあるNHKで放送することに意義はあるんじゃないかしらん。「そんなモノを公共放送で流すな!」というご意見もあるだろうけど、見たくないという人がいる一方で、見たい人もいるんだよ。

それよりも気になったのは、『ケータイ大喜利』が槍玉にあげられていることである。先にも書いたように、私は『コントの劇場』『7人のコント侍』を観たことがないので、その内容に関しては何も言えないのだが、少なくとも『ケータイ大喜利』はNHKにしか出来ない番組じゃないかなあ。まあ、これはあくまで私個人の話なんだけど、過去に「番組から提示されたお題を一般の視聴者が投稿、それをプロの放送作家・芸人が審査する全国生放送のバラエティ」を民放で見た記憶がないんだよね。あるのかもしれないけれど、私は知らない。あったらすいません。ただ、「民放の真似」と言われるほど、それは一般的になっていないんじゃないかと思います。はい。あと、中田氏は記事の中で「わが国の過去の優れた文化の保存ならびに新たな文化の育成および普及に役立つようにすること」がNHKに求められていると発言されているけれど、鋭い発想と端的な表現が求められる大喜利はそれに該当しているように私には思います。なんか、思ってばっかりですいません。

このテキストによると、中田氏は「NHKがやるべきことというのは、ある意味では民間がやらないことをしっかりとやってもらうことが第一義的には重要な視点であり、そこにNHKの誇りをもってもらわなければいけない」と言ったらしい。圧倒的に正しい意見である。が、そういう考えを持っている割には、民間がやらないこと(=民間がやっていること)の現状を正しく認識されていないのではないかと、このやりとりを読んでいて思いました。が、実のところ、私も正しく認識できていないようです。お互い、勉強が必要ですね。

最後に余談。落語ブームがささやかれて久しい昨今、落語を放送する民放もじわりじわりと増えてきたようですが……『日本の話芸』って低俗ですかね?

以下、追記。
 
どうも。おはようございます、或いは、こんにちは、或いは、こんばんは。菅家でございます。昨夜、酒を飲んだ私が、酔った勢いで書き上げたこちらの記事をお読みいただきまして、誠に有難う御座います。……読んだことを前提に話を進めさせていただきます。この記事をお読みになられて、どう感じましたでしょうか? 恐らく、皆さんこんな風に思われたのではないでしょうか。「なんか、しっくりこない」と。私も同感です。この記事は、中田氏の発言を受けて憤慨した気持ちをそのままに書き始めたのですが、氏の発言を考えていくうちに、「あれ? これ、そこまで間違ったこと言ってないんじゃないの?」という気持ちになっていき、感情が揺らいでしまったため、この様な中途半端な内容になってしまったのであります。

と、いうわけで、ここで改めて中田氏の発言について、考えてみようと思います。素面で。

そもそも、どうして中田氏はNHKの番組を取り上げて「低俗」などと仰られたのか、まずはその点についてしっかりと理解する必要があると思われます。以下、中田氏が「低俗」と口にするまでの流れを、リンク先における氏の発言を抜粋して簡単にまとめてみました。

「いわゆるNHKの番組が、どうも一言で言うと「低俗」になっていないか、ということについて」
 ↓
「民放を見てるとあまりにもくだらないなと思う機会が増えすぎております」
 ↓
「それでもスポンサーをとって視聴率を稼ぐということのためには、「おもしろけりゃいい」「視聴率さえ取れればいい」こういう形で民放の番組が展開されているのは、これは想像に難くないわけであります」
 ↓
「NHKの番組も「なんだこりゃ」と思うような娯楽番組がずらりと並んでいるんですね」
 ↓
「例えば、「ケータイ大喜利」「コントの劇場」「7人のコント侍」。こういう番組です」
 ↓
「民放がこの種の番組を通じて、とにかく数字を稼ぐ。そしてスポンサーを見つけるということに精を出しているとすれば、NHKはいったい何のためにこういう番組をやっているんでしょうか。NHKは数字を稼ぐということに問題意識を持つのではなく、何のために公共放送として、国民から義務的な意味をふくめた受信料というものを徴収をしているのか。ここについての自覚というものが疑われる、と私は思うわけであります」


「低俗」という当たりの強い言葉を用いているために、ついついそちらに意識が傾いてしまいますが、こうしてまとめてみると、「低俗」という言葉は民放で放送されている番組全般に対することで、NHKがそれらの「低俗」な娯楽番組を放送する理由について質問していることが分かります。まあ、要するに、民放で放送されている番組と大差ない番組をNHKで放送する必要があるのか、と言っているわけですね。まあ、それらを「低俗」といえるかどうかはともかくとして、一理あるかなという気もします。たまにNHKが“脱NHK”を謳っているような番組を目にしたときには、似たようなことを感じることもありますから。まあ、そういった番組の多くは、民放ほど「低俗」になりきれずに苦労していて、それが逆にNHKらしさになっているように感じられて、個人的にはとても微笑ましいのですが。

とはいえ、ここまでならまあ分からなくもない話なんですが、この後が良くありません。再び抜粋してまとめます。

「NHKは放送法の規定を踏まえて、「2014年度の国内放送番組編集の基本計画」というものを定めていますが、この中で、総合テレビの部門別編成比率について、以下のように定めています。教養番組20%以上、教育番組10%以上、報道番組20%以上。娯楽番組20%以上と」
 ↓
「で、娯楽番組の中に、さきほどの私がいくつかあげた事例も入ってくるんだと思います」
 ↓
「低俗というようなことを誰かが勝手に決め付けられるものではないのですが、やはり娯楽番組ひとつとっても、もっともっと地域性や日本の様々な歴史や文化を紐解くような娯楽番組であったり、若い人たちが関心をもてるような娯楽番組をやってもらいたいと思うんです」
 ↓
「先ほど教養、教育番組のパーセンテージもありましたが、そういう分野とあわさったような娯楽番組をやっていただくことを切に期待したいと思います」
 ↓
「そうじゃないと、「これNHKに何でわれわれ受信料を払っているんだろうか」となってしまう。その種のドタバタな番組は、民放でやってもらえば十分だと多くの視聴者は思います。そのNHK離れというのはどんどん進んでいってしまうように私は思えてなりません」


どうやら中田氏は、NHKでは「低俗」な娯楽番組よりも、教養・教育的な要素を含んだ娯楽番組をやるべきだと言っていることが分かります。つまり、中田氏にとって、NHKは教養・教育的な放送局であるようです。確かに、NHKではそういった類の番組が、数多く放送されているイメージがあります。また、民放の様に「低俗」な娯楽性を追求せずに、教養・教育的な番組も手掛けるべきだという意見も頷けます。ですが、どうもこの言い方だと、今のNHKには教養・教育的な要素を含んだ娯楽番組が殆ど放送されていない、という風に聞こえます。教養・教育的な要素を含んだ娯楽番組が放送されている現状がある上で、中田氏が言うところの「低俗」な娯楽番組が放送されていることに対して批判するというのは、些か頭が固い過ぎるのではないかと思ってしまうのは、私だけでしょうか? とりあえず、中田氏には『タイムスクープハンター』の鑑賞をお薦めします。娯楽番組ではなくドラマですが、歴史的背景を取り入れた優秀なエンターテインメント作品です。

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ところで、どうして中田氏が『ケータイ大喜利』『コントの劇場』『7人のコント侍』を「低俗」な番組の例として挙げたのか、その理由がやはり分かりません。中田氏は「低俗」な番組の例として、「うまい、まずいというようなグルメ番組だったりですとか。これもまた私自身が出来がいいわけじゃないので言いたくはないのですが、どちらが物を知らないかを競い合うようなクイズ番組であったり」と話しておられますが、これらの三番組はどちらにも該当しません。そして、既に本文で書いたように、これらの三番組はそれぞれの理由によって民放で放送することが難しい番組です。それなのに、どうして「低俗」な番組の例として、これらの三番組のタイトルを挙げたのでしょうか。私には想像もつきません、が……番組のタイトルが軽そうだし、とりあえずバラエティを批判の対象にしときゃいいっしょー的な、そういう安易な発想があったんじゃないかなあって、そんなこっちゃねーかなーっと思ってます。「低俗」ですがね。

とりあえず、私が好きなNHKの番組は、教養的・教育的な要素を含んでいるモノではなく、基本的に視聴率と関係ないところで視聴者が楽しんでくれそうな企画を頑張って打ち出しているモノが多いので、そういった番組に被害が及ぶような軽率な発言は慎んでもらいたいと思いました。受信料を払っている私は、そういう番組を求めています。はい。

追記の追記。民放にも低俗じゃない番組はある!とか、そもそも低俗で何が悪い!などのご意見もあると思いますが、そういう反論は各自でお願いします。なお、私個人としては、私が面白ければなんでもいいです!(わがまま)
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うーん

中田氏は、昔の「夢であいましょう」のような品のあるバラエティをやれ!と言いたかったのだろうか?
それとも違うような。

それよりもなによりも、公共放送として不自然な某アイドル集団(男女共に)だけの番組やキャンペーン企画、巨大事務所(お笑い、役者問わず)優先の番組作りを追求すべきなのな

No title

どうなんでしょうね。
特に代案は考えていなかったように思いますが。

>公共放送として不自然な某アイドル集団(男女共に)だけの番組やキャンペーン企画
>巨大事務所(お笑い、役者問わず)優先の番組作り
そういうのも含めての「低俗」なのかもしれません。
…使い勝手のいい表現であります。
プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

連絡用メールアドレス
loxonin1000mg@yahoo.co.jp

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https://twitter.com/Sugaya03

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