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日常に潜む化物。星野源。

StrangerStranger
(2013/05/01)
星野源

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星野源の存在を知ったときから、「コレはハマるんじゃないかなーっ」と感じていた。でも、すぐには手を出さずに、しばらくは遠くの方から様子を眺めていた。共感は得られないかもしれないけれど(そもそも求めちゃいないのだが)、自分がハマるだろうと予想されるモノに案の定ハマってしまうことを、認めたくないタチなのだ。しかし、ある時不意に立ち寄った中古CDショップで、思わぬ出会いを果たしてしまい、これが実にまた衝動的に、買ってしまった。特別安かったわけではないけれど、「あっ、これは今だ」と思ってしまった。例えるならば、なんだろう。一目惚れ? そんな大袈裟な。でも、他に丁度良い例えが見つからない。ていうか、そもそも以前から知っていたのに、一目惚れって言い方は正しくないような。まあ、どうでもいいか。

そんなわけで、私の家には星野源のアルバムがある。聴くときは大抵車の中なので、曲そのものは理解しているのに、タイトルがきちんと合致していない。聴けば「あっ、あの曲ね」ってなるんだけれど、タイトルを言われてもピンとこない。こんなことではいけないなーっと思いつつ、今日も明日も明後日も、そういう感じなんだろうな、なんて。タイトルを把握している曲は、『化物』『ワーク・ソング』『夢の外へ』『パロディ』の四曲だけ。お察しの通り、アルバムの頭の方にある曲しか覚えていない。ダメだねえ。でも、これからもきっと、長いお付き合いになるので、このくらいでいいんじゃないかと思っているのだ。無理にタイトルや歌詞を覚える熱意は、思春期の頃に使い果たした。これからは、自然に生活に染み込ませていく。それだけである。


それにしても星野源。なんだ、その歌声は。優しすぎるよ。愛おしいよ。私の思い出にいなかった筈なのに、まるで元からそこにいたみたいに、さりげなく心の側にいる。思わず「あれ? あの時、いなかったっけ?」と言ってしまいそうになる。この存在感はあれだ。両親の実家を訪問したときに感じる、あの不思議な懐かしさに似ている。身近なようで他人のようで、だけどなんだか懐かしい。おじいちゃんの座椅子、おばあちゃんのお皿、廊下に据わっている柱時計。それらの懐かしさは、きっと両親のDNAから繋がっている記憶なんだろう。つまり、私のDNAの何処かに、星野源が? いやー、そんなわけは。

そんなことを、最近ネットで買ったアルバムを聴きながら、思ったのだった。


このヘンなミュージシャンは、まだ日常にいるのです。
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菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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loxonin1000mg@yahoo.co.jp

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https://twitter.com/Sugaya03

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