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松本人志の隠し“芸”

「松本」の「遺書」 (朝日文庫)「松本」の「遺書」 (朝日文庫)
(1997/07)
松本 人志

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かつての松本人志がどれほどの影響力を持っていたのかを理解する上で、彼の著書である『遺書』は欠かすことの出来ない最大の参考資料といえるだろう。放送作家の藤本義一を名指しで批判し、観客の質が悪いから『笑っていいとも!』を降りたと告白し、ダウンタウンを否定した横山やすしを「殴っといたらよかった」と言い切ってしまう危なっかしさは、出版から10年以上が経過した今読んでいても冷汗モノだ。

そんな『遺書』の中でも、特に強い印象を残すのが、松本自身の芸について書かれたコラムである。当時、「ある人物が「ダウンタウンには芸がない!」と言っていた」と書かれたハガキを受け取ったという松本。一読し「ムッ」ときたが、思い直し、確かにそうかもしれないと気持ちを落ち着けたのだという。その理由について、松本は彼自身も大好きだという喜劇役者・藤山寛美を例に挙げて、次の様に書いていた。

 オレは確かに、この人に比べたら芸はない。開き直ってるわけではない。オレたちにとって笑いとは発想なのである。おもしろい人を演じることでは負けていたとしても、おもしろい人では絶対負けない。芸で人を笑わすより、自分自身で人を笑わしたいのだ。
 芸があるということは、スゴク有利なことだと思う。発想だけで人を笑わすのは非常に怖いことだ。“何度見ても笑える”とはなりにくいし、四十、五十までその発想を持続できるとは限らない。したがって、どうか古い人たちよ、芸がないことをまるで卑怯のように言うのはやめていただきたい。芸がないぶん、ほかで補っているのだから。


この文章に影響を受けた芸人も少なくないだろう。

ところが、そんな松本人志……もとい、ダウンタウンについて、ある人物が芸を見出している。その人物とは、落語界の異端児・立川談志である。

談志百選談志百選
(2000/03/06)
立川 談志、山藤 章二 他

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立川談志といえば、かつてはビートたけしや太田光を称賛し、晩年にもテツandトモやおぎやはぎなどを評価していた、いわゆる関東芸人派としてのイメージが強い。事実、当初は「関心がなかった」「小汚え、小生意気な、やり方が、「東京という大田舎に集っている低能の若者に受けているのだろうから」と見向きもしなかった」と告白している。しかし、「見損なっていた」と考えを改め、以下の様に評している。

 で、松本人志相棒に何かいう。その“何か”とは、非常に抽象的な文句であり、その言葉はアドリブなのだろうが、問題提起になり得る文句でもある。
 それをいきなりぶっつけられた浜田は正常人と同じレベルで疑問を返す。「ワからねえよ……」
 この会話のキャッチボールに使う「間」、ふと天外(渋谷)と寛美(藤山)の間を思ったっけ。
 この“待ちの間”。現代、これが出来る奴にぶつかるとは思わなかった。見事なまでの漫才の間なのだ。いつごろからこの二人に、この間が出来上がったのかしら……。


なんと、かつて松本が自著で突き放した藤山寛美の芸が、ダウンタウンの漫才には見られると指摘しているのである。私自身は藤山寛美の笑いについて、また渋谷天外とのコンビ芸について、正確に認識してはいないが、落語以外の芸にも精通していた談志がいうのであれば、きっとそうだったのだろう。いや、まあ、『遺書』発表後の原稿なので、ことによると合わせたのかもしれないが……。

一方、ダウンタウンの漫才に、藤山寛美以外の芸人を想起させたという人物もいる。その人の名は西条昇。日本の芸能史に精通し、江戸川大学で教鞭をとる、モノホンの「お笑い評論家」である。

ニッポンの爆笑王100―エノケンから爆笑問題までニッポンを笑いころがした面々ニッポンの爆笑王100―エノケンから爆笑問題までニッポンを笑いころがした面々
(2003/09)
西条 昇

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西条氏は指摘する。

 そうした彼らの仕事を眺めているうちに、コンビのバランスや各々の資質がダウンタウンにとって吉本興業の大先輩に当たるエンタツ・アチャコと酷似していることに気がついた。


エンタツ・アチャコとは、横山エンタツ・花菱アチャコのことである。横山エンタツ・花菱アチャコは1930年から34年にかけて活動していた漫才師だ。ただの漫才師ではない。芸能史上、初めて“しゃべくり漫才”を演じた漫才師である。背広姿の二人組が何の小道具も持たずにしゃべりだけで場を持たせる……いわゆる漫才の仕組みは、彼らによって生み出された。そんな漫才史上最大の重要コンビとダウンタウンには、どんな共通点が見られたのか。

 二組の類似点を一言で言うならば、ボケ役の松本とエンタツは<深さの人>であり、ツッコミ役の浜田とアチャコは<広さの人>であるということになるだろう。
 ともに天才型の芸人と言える松本とエンタツの作り出す笑いは、鋭角的で深い。その笑いを浜田とアチャコが大衆に分からせ、広める役割を担う。<深さの人>と<広さの人>が揃っていれば、漫才コンビとして、これほど強いことはない。


芸を捨て、発想だけで勝負していると公言していた松本人志。しかし、意図してか意図せずしてか、その背景には、確かに日本演芸の血脈が繋がっていたのである。
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プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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