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スッキリしないぞ『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』

映画『百日紅』を観た。


『百日紅』は浮世絵師として知られる葛飾北斎とその娘・お栄の物語である。杉浦日向子による同名コミックが原作となっている。以前、この原作のちくま文庫版を、書店で立ち読みしたことがある。なんとなく興味の惹かれる題材ではあったのだが、画風のクセの強さに少なからず拒否反応を起こし、手を出さずにいた。そのことが今回の鑑賞に繋がっている。原作でのクセの強さも、アニメーションになっていれば、幾らかは控え目になっているだろうと考えたわけだ。また、監督が『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』を手掛けたことで知られる原恵一だったことも、私の気持ちを後押しした。

だが、フタを開けてみると、なんとも満足感の残りにくい映画であった。
 
物語の軸となっているのは、お栄と目が見えない妹・お猶のやりとりである。そこに、北斎とお栄、それから居候の池田善次郎らが体験する天才絵師ならではの様々な出来事が散りばめられている。いわば、人情モノ長編と日常モノ短編が混在している状態だ。とはいえ、軸となっているのは人情モノ長編の方なので、そちらがメインとして描かれている……と思いきや、何故か本作のエンディングは唐突かつドライに締めくくられている。それは、まさに「いつまでも続いていくかと思われた」日常系のエンディングだ。では、この映画は日常系なのか。しかし、そうなると、お栄とお猶のくだりが浮いてしまう。恐らく、エンターテインメントの送り手として、最低限のストーリーを描いておこうと考えたのだろうが……その結果、なんだかどっちにも寄らない、中途半端な印象が残ってしまった。いっそ『刑務所の中』の様に、完全に日常に特化した内容にした方が、名作たり得たのではないだろうか。

ところで、あのエンディングが手抜きに見えたのは私だけだろうか。いや、日常系エンディングとしても、モノローグと解説で締めくくるのはちょっと乱暴過ぎると思うのだが。あれを言葉で説明せずに、映像で観客に理解させてこその映画ではないのか。もとい、あの説明が無くても、エンディングは成立したのではないか。いっそ、お栄が「バーカ! 私はまだまだ生きるのよ!」と叫びながら、江戸時代から現代へとタイムスリップする展開というのはどうか。あのラストカットは、きっとあの映画を意識したと思うしねえ……。

原作本の販促映画としては優秀だが、それにしては金をかけ過ぎだぁ。
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江戸情緒。 [映画] 百日紅〜Miss HOKUSAI〜

江戸文化研究家、漫画家の故・杉浦日向子さんの名作「百日紅」がアニメになって映像化。クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲を撮った原恵一監督と、プロダクションIGがタッグを組み、今までにない江戸情緒たっぷりのアニメに仕上がってました。 副題の「〜Miss HOKUSAI〜」という、ややダサの名付けは、海外の配給を見越してのことでしょう。確かに北斎は海外でも人気だし、そこに「...

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No title

私は原作をがっつり読んでいたのですが、原作はもっと、日常が淡々としていたように思います。妹の死も日常の一つであって、特別ではないんですけどね。

お栄一家の絆にウエイトがおかれて、渓斎英泉や国直のエピソード(これも面白いのですが)がほとんどなかったのが残念でした。

でも、映画化は嬉しかったです。単純に。杉浦日向子さんの江戸漫画好きだったので。

No title

おっと、はっきりネタバレしたな!w

ぶっちゃけ、妹が死んじゃったこともそんなに重く受け止められていなかったから、原作ではそういうニュアンスで描かれているんだろうとは思ったんだけど、でも、あんだけ妹に関する色んなエピソード組まれたら、やっぱり人情モノとして見ちゃうんだよねえ…。そこを日常の一つとして描くのであれば、もうちょっと違った見せ方があったやねえ…と。わーわー申しております。

これをきっかけに、他の作品も映画化されるとええね。『閑中忙あり』とか(何故か『東のエデン』は持っているのだ!)。

No title

この映画を「日常もの」や「人情のの」といったジャンルに固執して評価しないほうが良いのではないかと思います。お栄が最後あの絵を描いた時点で話としては一応終わっているわけなので、エンディングは今回のようにあっさりと済ませたほうが妥当だと思いました。冒頭と対応させることで、映画としてもきれいに終えることができたと思います。

No title

別にジャンルに固執しているわけではないけど、バランスの悪さを感じたもので、それを言葉にしたところで出たのが「日常もの」「人情もの」というワードだったのよね。基本的には浮世絵師としての日常の描写で展開しているのに、その随所であからさまに感動させる気マンマンな妹シーンを盛り込んでいて、なんかなあ、と。原作の魅力とエンターテイナーとしての矜持の狭間で揺れ動いているのが感じ取られ、結果、なんともかんともな後味だったなあ、と。エンディングの解説はやっぱり蛇足。もっといえば、妹の絵も蛇足。そういう説明が必要だと思ってしまうところが、やっぱりエンターテイナーなんだろうな。

No title

返信ありがとうございます。ジャンルに固執しているなどと大変失礼なコメントをしてしまい申し訳ありません。
この映画で「感動させよう」という鼻につく場面ってありましたか。そんな安っぽい演出は全く感じませんでしたが。
この映画はお栄の成長を描いた話でもあるのではないでしょうか。それならばその話の結末として「お猶の絵」を見せるのは、冒頭の「龍の絵」と対比させる上でも必要だと感じます。ラストのカットは、個人的には原作の閉じた江戸の世界観を現在に開かれた形にする上で必要だったと思います。よろしければ、なぜ蛇足と思われるのかお聞かせください。

No title

この話はどのみち、平行線で終わっちまうから、あんまり深め合いたくないんだけどねえ。なにせ、この時の自分はそう思い、それを基準として今の意見があるわけで、そこから更に突き詰めようとしたって、「今の私はこう思うンでござァいます」としか言いようがないもんで…。こっちも二か月前の記憶を掘り返さなくちゃならんもんで、確認の仕様がないしねえ。ただ、ドライな日常シーンに対してウェットな妹シーンの対比があからさまにエンディングを意識させていたとは思うし、それが鼻についたとまではいかないにしても、気にはなったんだよなあ。妹の絵に関しちゃあ、単純に説得力感じなかった。あと、蛇足に感じたのは、ラストカットじゃないよ。其の後の面々についてのモノローグとかテロップとか、そういうのが蛇足だと思った。ラストカットは、面倒だからタイトル出すけど、『幕末太陽傳』へのオマージュだと思ったが、まあ、どっちでも良かったな。

No title

返信いただきありがとうございます。ブログのコメントとはいえもう少し敬語をお使いになったほうがよろしいかと存じます。文面からかなり「上から目線」な印象を受けます。「面倒だから」というのはかなり失礼な言い回しだと思いますが。

No title

ちょっと前からブログのコメントはタメ口で返す方針になったもんで…まあ、一つ許してもらいたい。丁寧に返そうとすると、むしろ慇懃無礼な印象を与えるンじゃねえかって思ったモンで…まあ、どっちにせよ、根っこで上から目線ってことなのかもしれない。メンドーだからってのは、ちょいと語弊があった。「(ここではっきり名前を出しておかないと後で遠回しに説明することになりかねないので)面倒」ってことと理解しておくれ。
プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

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