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『シソンヌライブ[quatre(キャトル)]』(2015年9月2日)



「想像してみよう、いろんな気持ち」。テレビやラジオでたびたび流されるコマーシャルに、何を感じただろう。初めて目にしたとき、耳にしたときには、何かを感じたような気がする。だが、何度も何度も消費しているうちに、それはちょっとした雑音のように、或いは、日常にはびこる騒音のように、なんでもない背景として処理されるようになってしまった。しかし、改めて考えてみると、私たちはあまりにも多くの存在について、想像せずに生きてしまってはいないだろうか。

「強いって、どんな気持ち? なあ! 強いって、どんな気持ち?」


2015年5月から6月にかけて恵比寿・エコー劇場で、同年6月に石川教育会館で開催された『シソンヌライブ[quatre]』は、こんな問い掛けで幕を開ける。夕暮れ時の教室、机の上にノートと教科書を広げて自主勉強をしている堀内(じろう)の前にやってきた、クラスメートの長谷川の台詞だ。堀内は「長谷川くん、強いヤツに聞いてもらえるかな……」と突っぱねるが、長谷川は話を止めない。「アメリカ人って、どんな気持ち?」。話にうんざりした堀内は、とうとう我慢できなくなって、きっと長谷川を睨みつけて、唖然とする。そこに血まみれの長谷川が立っていたからだ。

センセーションなオープニングコント『聞かないでくれよ』が示すように、本作は全編を通して不穏な空気に包まれている。共同生活を始めるにあたって、彼氏が新しく買ってきたドライヤーを手にした彼女がコードを縛り上げて「しつけ」を始める『しつけ』。高校生の時はオシャレでイケていた弟が、大学で科学研究部に入部して喋り方が気持ち悪くなったことを兄が指摘する『大学デビュー』。路上で「汚い動物」について歌っている娘に動物病院を経営している父親が苦言を呈する『お父さんと美和子』。私を含めた観客は、彼ら彼女らの言動のズレを常識と照らし合わせて、無邪気に笑う。しかし、ふとした瞬間に気付かされる。果たして、これはどちらが正しいのか。もしかしたら、間違っているように見える方にも確固たる思想があって、彼らを冷めた目線で批判している方が、その本質を理解していないだけなのではないか……?

「そうか……五話目が楽しみだよ」


それらのすれ違いを経たからこそ、終盤を飾る『自由研究』『先生と野村くん』が美しい一筋の光となる。自由研究の課題発表の中にさりげなく(?)メッセージを組み込んだ野村くんと、そんな彼の気持ちを一身に受け止めた先生は、確かに気持ちを理解し合ったはずだ。思想や信念のぶつかり合いで見ず知らずの他人を言葉の暴力で殴り殴られがちな今の時代に、彼らがこういったコントを繰り広げる意味について考えてみようとも思ったが……それもまた、私の一方的な押しつけがましい感情でしかないのかもしれないと思い、止めた。

「想像して、共有しよう!」


あの日の夕焼けは、彼らにどう映ったのだろう。


■本編【82分】
「聞かないでくれよ」「しつけ」「俺の袋」「大学デビュー」「ことわれない女」「人間してる」「お父さんと美和子」「企画会議」「自由研究」「先生と野村くん」

■特典映像【26分】
「シソンヌライブ[quatre]メイキング」「シソンヌ金沢プチ観光」

『第16回東京03単独公演「あるがままの君でいないで」』(2014年12月24日)



『キングオブコント2009』王者、東京03が2014年5月から8月にかけて全国ツアーを展開した単独公演より、9月に東京は赤坂・草月ホールで開催された追加公演の模様を収録。ちょうど、某アニメ映画のテーマソングが流行っていた時期に行われた単独ライブだったので、このタイトルはてっきり狙ったものだと思い込んでいたのだが、聞いたところによると、どうも偶然似てしまったのだそうだ。運がいいのか、悪いのか。


これまで人間関係の微妙なズレを笑いへと昇華してきた彼らだが、今回は全体的にコメディの度合いが強くなっている。仕事相手に土下座した先輩の飯塚に失望したという後輩の豊本に飯塚の同僚である角田が実体験を元に土下座の必要性を説いたことで余計に話をこじらせてしまう『先輩の土下座』、妻子ある上司と女性社員が職場でラブロマンスを繰り広げているところに部下の角田がうっかり帰ってきてしまい……『終業後』、日本写真界の巨匠が周囲の人間から気を遣われる日々にウンザリして喫煙室で出会った若者と気の置けないコミュニケーションを図ろうとする『巨匠の憂鬱』など、シンプルでバカバカしいコントが揃っている。角田・豊本のボケ勢がけっこうな量のアドリブを盛り込んでいるところが、また嬉しい。角田に急な仕事が入ったために旅行が中止になってしまったことを素直に受け入れた飯塚が理不尽に怒られてしまう『旅の打ち合わせ』における、旅行が中止になってしまったことに対して怒りが収まらない豊本を角田がじっくりと鑑賞するくだりには大笑いさせられた。アドリブだからこそ許される、本当に何の意味もないシーン!

ただ、三人で立ち上げた会社の内装のイメージをそれぞれが意見を出し合って固めていく『新オフィス』は、ちょっと心に刺さるものがあった。飯塚と豊本はイメージがある程度は固まっているので二人の話はトントン拍子にまとまっていくのに対して、角田はイメージが別方向に向いているため、どんな意見を出しても受け入れてもらえない……その状況が、もう……。三人で会話しているときに、控えめなヤツが陥ってしまいがちな状況の理不尽な空気を上手く表現していた。上手く表現していたからこそ……刺さったなあ……。そんな哀しいシチュエーションを笑いに変えてしまう角田の人間力に改めて感心させられたコントでもある。哀しさに全力で立ち向かえる角田こそ、我らの光ぞ!(ハゲという意味ではない)

これだけ大笑いさせてくれた本作だが、締めくくりとなる長尺コント『センスなき故に』はちょっと引っ掛かるものがあった。居酒屋でお互いのセンスについて話し合っている三人がセンスある行動を選択し続けた結果、思わぬ騒動に巻き込まれていく様子を描いたネタなのだが、とにかく暗転は多いし、舞台上でのやりとりじゃなくて画像で説明してしまうシーンが多いし、ライブというよりも出来の悪いFLASH動画を見させられているような感覚に。副音声解説によると「ちゃんとしたコントを追加公演でやることが既に決まっていたので、ちょっと違うのをやろうということになった」らしいのだが、それにしても……。実験的なコントを否定するわけではないが、実際のライブでそれなりにお金を払って鑑賞している身としては(※岡山公演を鑑賞済)、肩透かし……という程度では収まり切れない気持ちにはなった。また、前回の公演で披露された長尺コントが、素晴らしい出来だっただけに……そこは頼むよ、オークラ氏……挑戦するなら長尺じゃなくて短いコントの中でやってくれよ……。

特典映像には、その追加公演で披露されたというコント『マカオの夜は大混乱』を収録。実際のライブでは佐藤隆太・片桐仁(ラーメンズ)・内村光良が日替わりゲストとして招かれており、そのうち佐藤隆太バージョンと片桐仁バージョンの映像が本作に収められている。……聞いたところによると、ウッチャンバージョンの映像も残されてはいるのだとか……海外の動画サイトに流出されないものか……。マカオ旅行の最終日、カジノでお金を散財した三人は部屋に戻ろうとするのだが、三人の同行者が上から目線でグイグイと絡んできた挙句「金を貸してくれ」と言い始めて……。こちらも本編と同様にコメディ色の強いコントで、佐藤隆太バージョンも片桐仁バージョンも非常に面白かったのだが……ウッチャン……ウッチャンが演じる同行者はどうなっていたのか……。

これだけ充実した内容なだけに、長尺コントだけがどうしても浮き彫りに。オークラのナンセンスな色合いが全開のコントだったから、あれはあれで色々と出し切った結果なんだろうけど、うーん……。


■本編【107分】
「先輩の土下座」「新オフィス」「終業後」「ドキュメンタリー番組」「旅の打ち合わせ」「巨匠の憂鬱」「センスなき故に」

■特典映像【53分】
「特別公演 マカオの夜は大混乱 佐藤隆太Ver.」
「特別公演 マカオの夜は大混乱 片桐仁(ラーメンズ)Ver.」

■音声特典
三人による副音声解説

バナナマン×東京03『HANDMADE WORKS』(2013年8月7日)

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(2013/08/07)
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2013年に結成20周年を迎えたバナナマンと、同じく2013年に結成10周年を迎えた東京03が、その素晴らしき偶然を祝してユニットコントライブを開催する。……そんな話を耳にしたとき、私はそのスペシャルな響きに打ち震えた。片や、バラエティ番組で圧倒的な人気を博しつつも年に1度の単独ライブは決して欠かさない、東京コント界の至宝。片や、ライブで全国ツアーを展開することが通例となっている、トリオコントのホームランバッター。そんな二組がタッグを組んで、コントライブを開催する。これはもはや“事件”と言っても過言ではない。

しかし、いざ蓋を開けてみると、そこには普段と変わらない彼らの姿があった。真っ白に染められたステージ、より記号的に洗練された小道具、プロジェクションマッピングを駆使した映像パフォーマンスなどなど……二組が合体してコントを演じることの特別さを物語る演出は随所に施されていたが、バナナマンも東京03も、まるで通常の単独ライブを演じているかのように、ごく淡々と、それでいて確実に笑いを獲っていた。その様は、一見すると手抜きの様にも見えたが、実のところそうではない。

特別な何かが行われる時は、普段は決してやらないようなことに不用意に挑戦してしまいがちだ。その結果、例え失敗してしまったとしても、それはあくまでも特別なのだから……と、観客のナマ温かい視線でもって許されてしまうことも少なくない。だが、彼らはそれをやらなかった。彼らはバナナマンと東京03のコントが自然に融合するように切磋琢磨し、決して違和感が生じない笑いの世界を生み出すことに徹したのである。これぞまさに職人芸、いぶし銀の味わいだ。

“手作り”であることの必要性について考察したオープニングコント『工房』、友情を確かめ合っていた仲間たちが良からぬ人物の参入によって良からぬ状況へと陥っていく様子を交わし合った手紙の文面だけで表現した『手紙』、養鶏場のプリンを作ろうと考えた日村がその試作品を社員たちに試食してもらうも問題点ばかりが浮き彫りになってしまう『日村養鶏場』など、どのネタも非常に面白い。ただ、お互いがお互いを尊重し合った結果なのか、両者の魅力の一つである「シニカルな笑い」が控え目になっていることが、少しばかり残念でもある。東京03のコントでよく目にする日常風景の世界にバナナマンが加わったら、どんな笑いになっていたのか……観たかったなあ。

特別な年に結成された特別なユニットの特別じゃない普遍的な笑い。その根底には、彼らのコントに対する愛と情熱が静かに燃え上がっている。これから10年後の2023年、結成30周年を迎えたバナナマンと結成20周年を迎えた東京03は、このユニットを再結成してくれるのだろうか。彼らがコントを愛し続けていてくれたなら、きっと。

あ、ところでタカちゃんって何してるひ(以下自粛)


■本編【130分】
「工房」「手紙」「何でショー」「日村養鶏場」「手作りアニメ 手作り野郎 handmade workers」「タカちゃんとバンと3人」「ストリート」「逃げ癖のある男」「ゲーム」「工房」

『磁石単独ライブ「磁石漫才フェスティバル 特別追加公演」』(2014年12月17日)



年間最強漫才師を決定する『THE MANZAI』において二度の決勝進出(当時)を果たしている漫才師、磁石が2014年7月に開催した漫才ライブの模様を収録。磁石の単独ライブは年に一度のペースで開催されているが、漫才のみのライブに限定すると、2010年7月に行われた『磁石漫才ライブ ワールドツアー日本最終公演』以来となる。その事実に、『THE MANZAI 2013』で決勝戦の舞台に上がれなかった悔しさを感じてしまうのは、きっと私だけではないだろう。前回では90分間ノンストップ漫才を繰り広げていた彼らだが、今回は100分近い公演時間の中で長めの漫才を二本に分けて演じている。恐らく、観客の疲労を考えた上での配慮だろう。どんなに面白いネタであっても、観客が疲れてしまったら笑いは起こらない。

本編を再生してみると、和やかな雰囲気に包まれた二人の姿が。ちょっと意外だ。磁石といえば、永沢のボケと佐々木のツッコミが見事に絡み合う正確無比な漫才を演じているイメージが強かったからだ。事実、前回の漫才ライブでは、90分間という長尺漫才を演じていたにも関わらず、彼らはまったく呼吸を乱すことなく、最初から最後までいつもの磁石のトーンを貫いていた。それはまるで、漫才を演じるようにセッティングされたロボットのように。だが、今回は違う。まるで雑談をしているかのように始まり、そのだらりとした空気のまま、漫才が進行していく。漫才と漫才を繋ぐやりとりも粗い。だが、その粗さが、逆にバカバカしくて面白い。ネタバレになってしまうが、佐々木が永沢に「何かやりたがってくださいよ」と提案するくだりは、あまりの雑なフリに笑ってしまった。

恐らく、今回のライブにおいて、磁石はそれまでの漫才では見せられなかった余白を作り出そうとしたのではないだろうか。当時、彼らが出場していた『THE MANZAI』という大会は、漫才師自身のキャラクターが如何にネタへと反映されていたかが着目されていたように思う。だからこそ、ハマカーンは神田の女性的な側面を見出した漫才で、ウーマンラッシュアワーは村本の下衆で卑劣な側面を表出した漫才で、それぞれ優勝を果たしたのだ。そこで磁石も、あえて漫才に余白部分を設けることで、そこに彼ら自身の人間的な部分を見出そうと試みたのではないか。……というのは、ひょっとしたら考え過ぎなのかもしれない。

ちなみに、漫才の空気が和やかでも、肝心の内容は相変わらず引き締まっていたので安心していただきたい。意識や言葉の裏をかいた永沢のボケと、そのボケにベストな回答でズバッと切り返す佐々木のツッコミが繰り広げられている。とりわけ永沢の言葉を駆使したナンセンスボケはいつも以上に冴えていて、「クリ松さん」「お予っ算」「急ガッパー回れ」など、まったく意味のないワードチョイスでこちらのツボをグイグイと押しまくっている。構成にも練り込みが見られ、後半でのさりげない大団円的演出には、ちょっと魅入られてしまった。基本、漫才ライブでこういう演出を取ることに、私はどちらかというと否定的なのだが……それだけ内容が充実していたということだろう。

このライブから数か月後の2014年12月14日、磁石の二人は『THE MANZAI 2014』決勝のステージに立っていた。予選サーキットを4位で通過、今年こそは最終決戦へと駒を進めることが出来るのではないかと思われたが、またしても予選敗退という苦汁を舐めさせられてしまった。この日、彼らが演じた漫才は『ラジオ』。本作でも演じられているネタだったが……。現在、『THE MANZAI 2015』の開催情報は、8月半ばとなった今でも告知されていない。噂では『M-1グランプリ2015』開催に伴い、賞レースとしての形式を崩し、これまでとはまったく異なった演芸番組になるという。そのステージに、磁石の二人は立っているのだろうか。実力派若手漫才師と言われ続けて早15年、彼らがゴールデンタイムの光を浴びせられるようになるのは、果たしていつの日か……。

なお、特典映像には、磁石の二人がパンツ一枚だけを着用した状態になってとあるミッションに挑戦する『パンイチグランプリ』が収録されている。結成15年目を迎えた漫才師がやる企画じゃない! ……が、そのらしからぬ姿には、笑わせられた。こういうことをバラエティ番組の企画でやらされている二人が、いつか見たいなあ。


■本編【102分】
漫才+幕間映像「ハイテンション大食い」+漫才

■特典映像【16分】
「パンイチグランプリ」

『第5回 大喜利鴨川杯』『第6回 大喜利鴨川杯』

誰でも参加できる西日本最大規模の大喜利トーナメント“大喜利鴨川杯”の第5回大会(2013年10月25日)・第6回大会(2014年5月18日)の本戦の模様をそれぞれ収録。本作は公式サイトで購入の申し込みが出来るのだが、今回は同大会に出場していたゴハさんから有難く頂戴した。



大喜利といえば、落語家たちがそれぞれのキャラクターを駆使しながら座布団の数を競い合う『笑点』、松本人志が大会チェアマンを務めている『IPPONグランプリ』、バッファロー吾郎がプロデュースする“ガチ”の大喜利トーナメント『ダイナマイト関西』などのように、芸人が本業(ネタ)とは別の余芸としてやっているイメージが強い。とはいえ、その回答の一つ一つにはセンスと発想、そして表現力が集約されている。そんな大喜利を一般の素人がやるなんて、本当に成立するのだろうか……と、鑑賞前の私は疑心暗鬼になっていた。

しかし、いざ再生してみると、全ては杞憂に終わった。鋭い発想、確かなセンス、素人なのにきっちり出来上がっているキャラクター、そしてなによりテンポがえげつない。ヘビーな回答が矢継ぎ早に繰り出されている。思うに、芸人はその発想とセンスをネタやトークにも浪費しているのに対し、一般の素人である彼らはここにしかぶつける場所がないため、これほどのエネルギッシュな回答を量産することが出来るのだろう(会場が一般客の少ない閉鎖的な空間であることも大きいのだろうが……)。個人的には、“スズケン”さんと“番茶が飲みたい”さんの存在感に打ちのめされた。スズケンさんは誘い笑いエグいな……。

と、ここまで書いてみて気が付いたが、大喜利のDVDはレビューが難しい。漫才やコントの場合、その設定や構成を説明することで(いわば本質の外側を語ることで)、その本質的な魅力を感じさせることが出来るが、大喜利の場合は肝心要の回答そのものがずばり魅力なので、その面白さを説明するためには、どうしてもネタバレをしなくてはならないからだ。だから、ここは私の眼を信用して頂いて、もとい、騙されたと思って、本作を入手してもらいたい。一応、YouTubeで予選の模様を確認できるので、それを見て判断してもらっても構わない。

アマチュアリズムの結晶、その粗く鋭く下らない世界を見よ。


■第5回大会【121分】
■第6回大会【131分】

『テンダラー BEST MANZAI HITS!? ~THIS IS TEN DOLLAR~』(2015年2月4日)



フジテレビ系列の特番『ENGEIグランドスラム』が人気だ。バラエティの第一線で活躍している漫才師・コント師・ピン芸人を集めて、自身のネタを存分に演じてもらうというベーシックな演芸番組にも関わらず、高視聴率を記録し、既に今年三度目の放送が決定している。これはなかなか興味深い現象ではないだろうか。ビートたけしが演芸場の支配人となって個人的に注目している芸人たちを集めた『北野演芸館』や、選挙管理委員長である有吉弘行が独断でお笑い大統領を決定する『速報!有吉のお笑い大統領選挙』など、ゼロ年代のお笑いブームが過ぎ去ってしまった2010年以降も、芸人たちがネタを披露する番組は少なからず残っていた。それなのに、どうして『ENGEIグランドスラム』だけが、それらの番組よりも突出して注目を集めているのか。

その大きな要因となっているのは、番組の顔の不在にあるのではないだろうか。先に挙げた番組は、いずれもカリスマ的な存在感を放っている芸人が中心に鎮座している。恐らくは、ただ芸人たちがネタを演じるだけでは成立しないと考えての配慮なのだろうが、それが結果として、観客(視聴者)と演者の距離を引き離してしまっている。彼らがネタを見せている相手が、テレビを見ている一般人ではなく、番組の顔であるビートたけしであり有吉弘行であるように見えるからだ。無論、そういった番組を、全て否定するつもりではない。とはいえ、ブラック企業やパワハラなど、上からの重圧が叫ばれている昨今の風潮を思えば、その緊張感を僅かでもテレビバラエティの中で目にするのはウンザリするだろうことは容易に想像できる。

だが、『ENGEIグランドスラム』には、番組の顔が存在しない。司会進行役を務めているナインティナインも、時に数々のバラエティ番組を経て培ってきたコメント力を見せることはあるものの、余計なところまで踏み込まない。その適度な距離感が、演者も司会もあくまで同じ目線でステージに立っている出演者に過ぎないことを感じさせてくれる。そこで演じられているネタが、ちゃんと視聴者に向けられているものだと分からせてくれる。だから、心地良い。『ENGEIグランドスラム』の成功は、いわばテレビが芸人のネタの力を信用したからこそ成し得た信頼の証といえるのかもしれない。

ところで、『ENGEIグランドスラム』が成功した理由が、もう一つ思い当たる。『M-1グランプリ』だ。結成10年以下の漫才師だけが出場できる『M-1グランプリ』は、いわば若手漫才師の登龍門だった。優勝賞金である1000万円も魅力的だったが、なにより現役で活躍するベテラン芸人にネタを見てもらえ、評価されることが非常に大きかった。数多くの芸人が大会に挑み、その大半が散った。中には、『M-1グランプリ』で結果が残せなかったからという理由で、コンビを解散してしまう漫才師もいた。ゼロ年代を生きていた漫才師にとって、『M-1グランプリ』はまるで聖典の様に絶対的な存在だった。

しかし、彼らの思いとは裏腹に、『M-1グランプリ』の評価は回を増すごとに下がっていた。原因は、予選審査の方針である。初期の『M-1グランプリ』において、決勝戦に駒を進める漫才師は、中川家、ますだおかだ、フットボールアワー、ハリガネロック、アメリカザリガニ……などなど、いわゆる実力派と呼ばれていた芸人たちだった。しかし、大会のルール上、彼らが優勝の是非とは関係なく、強制的に出場できない状態になっていくにつれて、大会は個性的な漫才師を取りそろえる見本市と化していった。先鋭的な漫才師を評価していたといえば聞こえはいいが……。視聴者は、純粋に、ただ純粋に、面白い漫才が見たかったのである。そんな視聴者の意思が、M-1の後継である『THE MANZAI』を経て、『ENGEIグランドスラム』でカタチになったとはいえないだろうか。

テンダラーは、いわばその中継を担った漫才師だ。

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8.6秒バズーカー『ラッスンゴレライブ』(2015年6月17日)



初めてラーメンズの『現代片桐概論』を観たときは、それの何が面白いのかがさっぱり分からなかった。『現代片桐概論』とは、白衣を身につけた小林賢太郎演じる講師が、片桐仁演じる“教材用片桐仁”を隣に立たせた状態で「カタギリ」という生物について講義するコントである。無論、カタギリなどという生物は実在しないので、そこで語られている内容は全て嘘、虚構だ。だが、その嘘が、他人に追及されることはない。なにせ、相方の片桐は“教材用片桐仁”としての役目を全うしなくてはならないために、口を開くことも出来ない。結果、嘘は嘘のまま舞台上に放り出され、そのまま垂れ流しになってしまう。

笑いについて学術的な側面から研究している井山弘幸氏によると、この『現代片桐概論』はリアリティの破壊を描いているのだそうだ。小林によって展開されるリアルな講義の中に、実在しないことが明白なカタギリが違和感無く存在していることによって、可笑しみが生み出されるのだと。また、その笑いを理解するためには、現実の大学講義を比較対象する視座を確保することが条件である、とも解説している。当時、まだ大学に入ったばかりで、講義を受けた経験の少なかった私が、このコントを理解できなかったのも致し方無かったといえるのかもしれない。この『現代片桐概論』のようなコントのことを、彼らは【非日常の日常】と表現していたように記憶している。実在しない事物をリアルに描く。だからこそ、そこに説明役のツッコミは必要無い。この独自のスタイルが、ラーメンズというコンビを孤高の存在へと押し上げていくことになるのだが……それは、また別の話である。

実際には存在しないモノの詳細をリアルに突き詰めていくことで笑いを生み出していたのが『現代片桐概論』なら、実際には存在しない言葉の詳細を突き詰めていくようでまったく突き詰めようとしないことで笑いを巻き起こしたのが『ラッスンゴレライ』といえるのかもしれない。

2014年に結成された超若手お笑いコンビ・8.6秒バズーカーの『ラッスンゴレライ』は、はまやねんが何の前触れもなく口にした「ラッスンゴレライ」という謎の言葉の意味を、相方の田中シングルに「説明してね」と全て押し付けてしまうやりとりで幕を開ける。何も聞かされていない田中は「ちょと待てちょと待てお兄さん!」とツッコミを入れるが、はまやねんは聞く耳を持たず、「楽しい南国、ラッスンゴレライ」「彼女と車でラッスンゴレライ」などの統一感の無い使用例を出して、翻弄するだけだ。結局、「ラッスンゴレライ」がどういう意味なのか分からないまま、ネタは終わってしまう。

意味を持たない言葉で観客を翻弄する『ラッスンゴレライ』の形式は、かつてムーディ勝山が披露していた何か分からないものが右から左へと流れていく様子を熱唱する歌ネタ『右から来たものを左へ受け流すの歌』に似ているように思える。どちらのネタも、しつこいほどに周辺の情報は語られるのだが、その詳細は明かされないからだ。ただ、ムーディが右からやってくるものを【何か】と称していたのに対し、8.6秒バズーカーは【ラッスンゴレライ】という具体的なワードを取り入れていた分だけ、僅かに深みが生じている。その点が、彼らが単なるムーディの後追いになっていない理由なのだろう。ちなみに、先程も登場した井山弘幸氏は、ムーディの歌を、気になることを言わずに宙吊り状態する「サスペンス・シュール」と評している。不可解な状態が解決されないからこそ、こういうネタは面白い。最近では、あまりにも消費され過ぎて、単なる楽曲の一つと化してしまっている感もあるが……。

『ラッスンゴレライブ』は、そんな8.6秒バズーカーが2015年3月23日に“笑いの殿堂”なんばグランド花月で開催した単独ライブと、同年4月4日にルミネtheよしもとで開催した単独ライブの模様が収められている。


前作『ラッスンゴレライ』はミュージシャンのプロモーションビデオを意識した内容になっていたが、本作もまた、ミュージシャンのライブパフォーマンスを思わせる作りになっている。彼らの代表作『ラッスンゴレライ』には過剰なBGMが付け加えられているし、カッコイイサビにお似合いな歌詞を挟み込もうとする『走りダッシュ』では観客の手拍子が止まらないし、二人が警察官に扮して犯人を追い詰める様子をポップに歌う『ポリスオフィサー』の前フリVTRはヒップホップユニットのプロモーションビデオの様。いずれも、カッコつけていることをギャグにしたがっているのはなんとなく伝わってくるのだが、場数の少なさが故か、それがまったくサマになっていない。正直、どれもこれも、学生のバカ騒ぎにしか見えない。まあ、考えてもみれば、仕方がないことではある。デビューから一年も経っていない経験の浅いコンビに単独ライブを任せる方が、どうかしているのだ。

その意味では、本作で見るべきは『初めての一発ギャグ』『初めてのモノマネ』『初めての出落ち』などの“初めてシリーズ”といえるのかもしれない。経験値の少なさを逆手に取っているこれらのパフォーマンスは、さして面白くなかったとしても(そして実際、さほど面白くはない)、そこには彼らの歴史の第一歩という付加価値が生じている。今後、8.6秒バズーカーというコンビが、どの様な展開を迎えることになるのか、それは誰にも分からない。時代を代表する若手最右翼コンビになるかもしれないし、一発屋として静かに場末へと消えていくかもしれない。結成三十周年を迎えても現役バリバリで活動しているベテランコンビになっているかもしれないし、来年には解散しているかもしれない。彼らがそんなことになったとき、この“初めてシリーズ”はその結末へと向かうスタート地点として、確固として存在し続けてくれるわけだ。

先がまったく見えない彼らの現時点での輝きを収めている本作は、いわば8.6秒バズーカーというコンビの青春の1ページだ。藤崎マーケットがどんなにリズムネタの危険性を問おうとも、斎藤司(トレンディエンジェル)の頭皮がどんなにペッペッペー♪したとしても、ひょんなことから彼らがロシアのスパイだという疑いをかけられたとしても、それも全ては彼らの思い出となっていく。そんなことを考えながら、本編のラストを飾る馬と魚による『走りダッシュ ~アコースティックVer.~』を観ていると、不覚にも涙が出そうになってしまった。……ていうか、よしもとの芸人で一番8.6秒バズーカーにいっちょ噛みしているのって、もしかしてオリエンタルラジオでも藤崎マーケットでもなくて……。

嘘もガセもデマも乗り越えて、8.6秒バズーカーの青春はまだ始まったばかりだ。

最後に余談だけど、全編に渡って二人の発言にテロップが入り続ける演出って必要だったのだろうか。歌のパフォーマンス部分だけならまだしも、普通のフリートークにも字幕を付けるのは、ちょっと過剰だったように感じた。彼らの実力に対して不安を抱いていたからなのか、彼らを求めているネットユーザー層を意識してのことなのかは分からないが、せめて字幕の有無が選択できるようにしてくれても良かったのでは。


■本編【105分】
「ラッスンゴレライ」「走りダッシュ」「ポリスオフィサー」「ストリートミュージシャン」「お弁当」「初めての一発ギャグ」「初めてのモノマネ」「初めての謎かけ」「初めてのモノボケ」「初めての写真で一言」「初めてのけん玉」「初めての万歩計バトル」「初めてのマジック」「初めてのビリビリペン」「初めての出落ち」「初めての熱々おでん」「初めての寝起きバズーカ」「初めての漫才(ルミネtheよしもとVer.)」「初めてのラララライ体操」「ラッスンゴレライ ~アコースティックVer.」「ラッスンゴレライ ~クラブRemix」「走りダッシュ ~アコースティックVer.~SONG by 馬と魚」

マツモトクラブ『ヒゲメガネ thank you!』(2015年5月27日)



たった一人の芸人が座布団の上に座って複数の人物を演じてみせる“落語”に対し、“一人コント”の多くは一つのネタに対して一人の登場人物だけを演じていることが多い。といっても、他に登場人物が存在しないわけではない。芸人は、自身が演じている人物に、他の人物たちと対話させることで、その存在を表現する。無論、対話といっても、返事などはない。だが、その返事の内容から想定されるリアクションを取ることによって、目に見えない人物が、耳に聞こえない返事をしたことが、観客には伝えられる。一見、それは大変に難しいことのように思える。事実、容易ではない。確かな演技力が無ければ成立しない芸である。だが、あえて観客の無限大の想像力に判断を委ねることで、実際に舞台上で複数の人間がやりとりを重ねているよりも何倍も面白いコントとなる……かもしれない。ならないかもしれない。そこは当人の実力次第だろう。

そんな一人コントの常識を打ち破った(というほど大袈裟な話ではないのかもしれない)のが、陣内智則である。陣内は、一人コントの世界に音声や映像を取り入れることによって、自由度の高いボケの可視化に成功。観客の想像力に委ねることなく、その奔放な笑いを思うままに繰り広げたのである。実際の問題として、想像力を引き立てる笑いは、大きな爆発力を秘めている一方で、観客の脳に対して少なからぬ負担をかけてしまう。しかし、彼の思い描いているボケが全て音声や映像で表現されている陣内智則のコントは、何も考えずに笑うことが出来る。なにせ、見たままが面白いのだから、苦労しない。この手法は画期的であるように思えたが、その一方で、コントの設定を限定していたようにも思う。陣内のコントに登場するのは、オウムやテレビゲームのキャラクターなど、人間以外のなにかしらかの存在だった。人間を出してしまえば、その瞬間から、それは陣内智則のコントではなくなってしまうからだ。一つ一つのボケに対してツッコミを入れる陣内のコントは、かねてより「陣内と映像のコンビによるコント」と評されていた。そこに人間が加われば、どうなってしまうのか。それは、もはや「陣内と誰かのコンビによるコント」である。

で、マツモトクラブが現れる。

マツモトクラブはソニー・ミュージック・アーティスツ所属のお笑い芸人だ。当初は劇団シェイクスピア・シアターの劇団員として活動を開始、『マクベス』『十二夜』『冬物語』などの舞台に出演していたが、2006年に退団。その後、iPhone購入をきっかけに録音と芝居を組み合わせた映像作品をYouTubeで発表するようになり、現在の芸風を見出す。2011年にお笑い芸人としての活動を開始。『R-1ぐらんぷり2015』最終決戦で2位となり、注目を集めるようになる。

マツモトクラブの一人コントは、人間の声を利用したものだ。舞台上には存在しない人間の声を流し、それを受けて、マツモトクラブが何かしらかのリアクションを取ってみせる。一見、それは通常の一人コントに音声を加えているだけのように思えるが……まったくもって、その通りである。これまでは芸人の演技力でフォローされていた他者の言動を、マツモトクラブは安直にも音声を加えることで明確にしてしまっているのだ。とはいえ、それが悪いことなのかというと、必ずしもそうではない。通常の一人コントでは説明的になってしまいがちな他者の言動を、音声を使って明確にすることによって、むしろマツモトクラブの演技はより自然なモノになっている。演技が自然であるからこそ、その世界観の不可思議な側面が浮き彫りになる。演技が自然であるからこそ、ボケとツッコミが明確であるが故に漫才感の強い陣内のコントの様な印象は残らない。偶然に見出したスタイルだというが、実に面白い発見だったといえるだろう。

本作はそんなマツモトクラブのベスト盤だ。



マツモトクラブの出世作ともいえるコント『ストリートミュージシャン』の世界を中心に構成されており、舞台上で彼が演じているコントと、本作のために撮り下ろされた映像コントが交互に展開されている。挑発的で楽しい試みだ。それでいて、決して違和感の残る内容になっていないのだから、たまらない。しっかりと全体のバランスが考えられている証拠だ。バイきんぐといい、オテンキといい、ソニー・ミュージック・アーティスツの芸人は本当に素晴らしい作品を世に送り出してくれる。いつかリリースされるであろう、キャプテン渡辺やウメやや団のDVDも楽しみだ(出さないという選択肢は許さない)

収録されているコントも秀逸の出来だ。ハイテンションな地理教師の授業に対して不穏な空気を醸し出している生徒の思いとは……?『授業』、親子の朗らかなやり取りが息子のとある発言によって一気に猥雑な空気へと陥ってしまう『キャッチボール』、短時間での再来店にも関わらず逐一カードの所持を確認してくるケミカルな店員の接客が鬱陶しい『4丁目のコンビニ』など、どのネタも、マツモトクラブの音声を駆使したスタイルが存分に活かされている。中でも『記念写真』には感動した。牛久大仏をバックに記念写真を撮ってもらおうと、マツモトクラブがカメラを手渡した通りすがりの人がぶつくさこぼしている独り言がメインのコントなのだが、とにかく流れが最高。途中までは、マツモトクラブの言動に対して、この通りすがりの人がツッコミを入れるというスタイルなのだが、ちょっとした出来事をきっかけに状況が一変してしまうのである。このきっかけの仕掛けが、たまらない。実際に起こりがちな事故を上手く取り入れている。これだけでも一見の価値はある。

デビューが遅いマツモトクラブは、来年で40歳になるのだそうだ。だが、その未来は、まだまだ未知数。次回作にも期待したい。


■本編【61分】
「ストリートミュージシャン」「3丁目のコンビニ」「♪「時代」」「そば処 三久」「授業」「ハブラシ戦争1」「記念写真」「少年の夢」「キャッチボール」「ハブラシ戦争2」「♪「おとこのこおんなのこ」」「プラットホーム」「あなたが私にくれるもの」「4丁目のコンビニ」「♪「旅立ち」」「ハブラシ戦争3」「エンディング ♪「かえるべき場所」」

厚切りジェイソン『WHY JAPANESE PEOPLE!?』(2015年6月24日)



外国人の視点から、日本の素晴らしさをアピールするテレビ番組が増えた。空港で日本にやってきた外国人にインタビューしたり、伝統工芸の職人を目指している外国人を追いかけたり、逆に海外で生活している日本人の艱難辛苦の日々を描いた再現ドラマを制作したりして、忘れられてしまった我が国の本来の魅力を再認識させようとしているわけだ。それ自体は悪いことではないが、日本人が「日本は素晴らしい!」と日本人に伝えようとする構図がどうもしっくりこない。かつて、日本人といえば、本音と建前を使い分けた奥ゆかしい人種だといわれていたような気がするのだが。テレビで大々的に取り上げてもらわなくてはならないほど、日本人のアイデンティティが揺らいでいるということなんだろうか。

そんな時代に現れたピン芸人、厚切りジェイソン。生まれはアメリカ合衆国、芸人であると同時にIT企業の役員を務めている。スゴイデスネ。ひょんなことからザブングル加藤と知り合い、「会社を辞めずに芸人を目指すことが出来る」と勧められてワタナベコメディスクールへと入学。2014年9月に卒業し、そのままワタナベエンターテインメント所属となる。その翌年、『R-1ぐらんぷり2015』決勝戦への進出を果たし、その名が広く知られるように。……流石、IT企業の役員を務めている男は、芸人になっても有能だ。

厚切りジェイソンのネタは、漢字をテーマにしたボード漫談だ。「漢字難しいよ!」と嘆きながらホワイトボードに漢字を書き殴り、その内容にツッコミを入れていく。例えば、数字を漢字で書く際に「一」「二」「三」と一定のパターンを見せておきながら「四」と続くことに対して「わざとだろ! この罠!」とツッコんだり、「金」と「同」を合わせて「銅」になることに対して「(金と銅が同じには)ならないから!」とツッコんだりしている。日本人が意味の代用品として取り扱っている漢字を、少し違った視点から改めて切り込んでいるわけだ。

とはいえ、正直なところ、ネタだけだとそこまで面白くはない。もし、このネタを日本人がやっていたとしたら、それほどウケなかっただろう。重要なのは、このネタを演じているのが、アメリカ合衆国からやってきて漢字を勉強中の厚切りジェイソンだという点だ。漢字を勉強中だから、ネタが浅薄でも仕方がない。日本語の意味がズレていても、アメリカ人だから仕方がない。……そこには、漢字を使いこなせる日本人の優越感みたいなものが見え隠れしている……ような気がしないでもない。ただ、率直に面白いネタもあり(「始」のくだりは何度見ても笑ってしまう)、これから更なる進化を遂げる可能性を秘めているのも事実だ。より表現力を高め、よりネタの構成を練り上げ、よりアドリブを増やし……いつかは新宿末広亭でネタをやってもらいたいものである。目指せケーシー。

本作は、そんな厚切りジェイソンのベスト盤だ。


先述したボード漫談『漢字』を中心に、外国人であることを逆手に取った漫談やコントが収録されている。『R-1ぐらんぷり2015』での活躍を受けて満を持してのリリースという印象があるが、本編鑑賞後は、ちょっと時期尚早だったのではないかと思った。普段はやっていないような漫談やコントがイマイチなのは仕方がないにしても、肝心の『漢字』もテレビなどで披露されたバージョン以外はどれも薄味で、急ごしらえに無理矢理作り上げたように感じられた。もっと丁寧に時間をかけて煮詰めていけば、ずっと面白い漫談になっていただろうに。勿体無い。実に勿体無い。日本にやってきた外国人のジョンソンが東京で独りぼっちにされて心細い気持ちになっている姿を描いた『KOKOROBOSOI』は、ちょっと面白かったが。これはまったくの想像だが、構成作家として参加している我人祥太が関わっているのではないだろうか。ネガティブな雰囲気と言葉のチョイスが、なんとなく彼のコントに似ているような気がしたのだが。

あ、ちなみに無観客収録なのでご注意を。


■本編【44分】
「漢字 其の一」「外国人だから」「漢字 其の二」「KOKOROBOSOI」「漢字 其の三」「和菓子のこころ」「漢字 其の四」「2020年オリンピック開催にあたっての諸注意」「漢字 其の五」「ケントくんの憂鬱」

あばれる君『あばれる君です よろしくお願いします。』(2014年5月28日)



先日、とあるトーク番組において、品川祐(品川庄司)が「あばれる君に似ている」という主旨でイジられている姿を目にした。確かに、どちらも坊主頭で、似ているといえば似ている。だが、それ自体はどうでもいいことで、重要なのは、そこで特にあばれる君について、具体的な説明がなされていなかったという点である。それは、特に視聴者に説明しなくても、あばれる君のことは伝わる(=世間には既に知られた存在である)という前提を意味している。正直、この時点では、まだ私の中でのあばれる君は「『オンバト+』でじわじわと評価されているピン芸人」止まりだったので、その扱いに少し驚いた。恐らく、彼は私の知らないところで、着々と芸人としての知名度を上げていったのだろう。何処だ。

あばれる君はコントを得意とするピン芸人だ。ちょっとした問題に追い詰められている人間が、苦肉の策として選んだみっともない方法を、場違いなほど大袈裟に演じてみせることで笑いを生み出している……と、言葉にするのは簡単だが、実際に演じてみるのは難しい。もし、没個性な若手芸人が、彼のコントをそのまま演じたとしても、大した笑いにはならないだろう。あばれる君のコントは、彼自身が演じなくては意味がない。破裂寸前の風船のように感情をパンパンに詰め込んでいるようなあばれる君の演技は、人間の必死な姿を的確に映し出す。強い意志を感じさせる太い眉毛と感情豊かな表現を可能にさせる大きな目が、それを更に強調している。これらの要素を持ち合わせているからこそ、彼のコントは突出して面白くなる。無論、随所に散りばめられている、ワードセンスの魅力によるところも大きいのだが……。

そんなあばれる君にとって初めてのネタDVDとなる本作は、彼の傑作コントを寄せ集めたベスト盤だ。


『店長こだわりのグラタン』、『3年生 ~僕には守るものがある~』(※カンチョーのコント)、『高校野球 ~最後の夏~』など、代表作はほぼ網羅されているといっていいだろう。個人的には『ニートのヒーロー』が収録されていたことが嬉しかった。宇宙侵略軍に一般市民たちが攻撃されている様子をテレビで確認して、激しい怒りに震えているのに決して布団から起き上がろうとしないという、とてつもないバカバカしさ。本来のニートとは解釈が違っていたような気もしたが、そのズレを熱量の高い演技で完全に凌駕していた。観たことのないコントが幾つか入っていたのも良かった。『ひじ爆弾 ~重なり合わない点と点~』『ねぇ どこ?』『暴れん坊将軍』などは、そうそうテレビでもお目にかかれることはないだろう。『ねぇ どこ?』は、けっこうトイレで起こりがちなあるあるだよなあ……。

ただ、全体的には、ちょっと惜しい出来。初めてのDVD収録に緊張していたのか、あばれる君の演技が台詞を追っているように感じられたし、ネタ順も、設定が似ているコントが連続しているところがあって、ほんのり違和感を残した。そして、なにより……これは致し方のないことなのかもしれないが、コントに使われている鬼束ちひろの『月光』などの楽曲が似たようなオリジナル曲に差し替えられている点が、非常に残念だった。あの曲があってこその、あばれる君のコントだというのに……天下のナベプロがそういうところでケチってはいけない。

名刺代わりの一枚。悪くはないが、とにかく惜しい。


■本編【51分】
「店長こだわりのグラタン」「決死のウェディングケーキ」「露出狂 ~愛のテーマ~」「肘爆弾 ~重なり合わない点と点~」「ニートのヒーロー」「3年生 ~僕には守るものがある~」「3年生 ~みんなのために僕が行く~」「小説家志望 柳田勇」「8丁目出前先団地」「ねぇ どこ?」「ヒゲの生えた男」「暴れん坊将軍」「高校野球 ~最後の夏~」「当たり屋のお兄さん」

2015年上半期のDVDレビューまとめ

【1月】
18日:『bananaman live Cutie funny』+『bananaman live Love is Gold』
19日:『2700 NEW ALBUM 「ラストツネミチ ~ヘ長調~」』
20日:『兵動大樹のおしゃべり大好き。7』+『兵動大樹のおしゃべり大好き。8』
27日:『8号線八差路(ハチハチ)』(ハライチ)

【2月】
01日:『ナイツ独演会 主は今来て今帰る。』+『二人対談』(ナイツ)
11日:『エレ片コントライブ ~コントの人7~』+『エレ片コントライブ ~コントの人8~』
27日:『タカアンドトシ20年目の単独ライブ ~2020年東京五輪の正式種目に漫才を!~』

【3月】
18日:『ハマカーン ネタベストDVD 2013「KIWAMI」』
22日:『しずるベストコント』
26日:『チーモンチョーチュウ シチサンLIVE BEST Vol.1』『チーモンチョーチュウ シチサンLIVE BEST Vol.2』
31日:『さまぁ~ずライブ9』

【4月】
01日:このお笑いDVDがスゴかった!2013
07日:『ラッスンゴレライ』(8.6秒バズーカー)
11日:『バンビーノ「#ダンソン」』
23日:『うしろシティ単独ライブ「それにしてもへんな花」』
27日:『バイきんぐ単独ライブ「Jack」』

【5月】
01日:『エレキコミック 第23回発表会「Right Right Right Right」』
11日:『シソンヌライブ [trois]』
13日:『サンドウィッチマンライブツアー2013』+『サンドウィッチマンライブツアー2014』

【6月】
08日:『かもめんたる単独ライブ「下品なクチバシ」』
21日:『U-1グランプリ CASE 05「ジョビジョバ」』
26日:『安心して下さい、穿いてますよ。』(とにかく明るい安村)

今年も半分が終わってしまったので、その間にブログで発表してきたレビューをまとめてみた。それ以前がどうだったのかを正確に確認していないので、はっきりとしたことはいえないが……正直、少ないと思う。理由は幾つか思い当たるところがあるが、恐らくはモチベーションの問題だろう。お笑いが嫌いになったわけではないのだが、どうも以前ほど前のめりになって楽しまなくなってしまったような気がする。あと、コンテンツリーグのフリーペーパーで連載を開始したことで、文章を書くときに以前よりも妙に気負ってしまっていることも大きいのかもしれない。

下半期はもうちょっと頑張ります。ハイ。

『安心して下さい、穿いてますよ。』(とにかく明るい安村)



漫画やテレビアニメーションなどの創作物において、スカートを履いている女性がアクロバットな動作を取ることにより明らかに下着が丸見えになっていてもおかしくない状態にも関わらず、「重力に逆らって衣服が局部周辺に貼りついている」などの不自然な奇跡のおかげでその聖域が晒されない状況が垣間見られることがある。有識者の間では、これを【はいてない】と呼んでいる。善行かつ正義感に満ち溢れた視聴者からのクレームを避けるための措置なのだろうが、逆に違和感を残す映像を生み出し、こうして下着が見えてしまうよりもイヤらしい邪推の様な言葉で揶揄されてしまう現状は、なにやら皮肉めいている気がしないでもない。そんな「はいてない」を身体一つで見事に表現しているピン芸人が“とにかく明るい安村”である。

とにかく明るい安村の芸は、至ってシンプルだ。海パン一枚だけを身につけた姿で舞台に上がり、『パンツを穿いてるのに全裸に見えるショー』を披露する。安村が如何にして小道具を使うことなくパンツを隠し、全裸であるかのように見せるのか、その技法を観客は楽しむわけだ。だからといって、一度しか楽しめないというわけではない。二度目からは「来るぞ来るぞ」という期待で笑いが起こるからだ。この方程式は、なんとなく手品のそれに近いように思う。宣言した通りのことが達成され、観客からの称賛の声を浴びる。ただ、安村の場合、そのトリックがとてもシンプルであるが故に、笑いとして昇華される。とてつもなく無意味なのに、何度見ても笑ってしまう。実によく出来た芸であるといえるだろう。……どうでもいいが、冷静になって考えてみると、全裸に見える見えない以前に海パン一丁の半裸(というか九割九分裸)姿にある中年男性の動向に観客が熱い視線を送りながら笑っているわけで、これはなんだか良からぬシチュエーションに思えなくもない。本当にどうでもいいけど。

本作は、そんなとにかく明るい安村の『パンツを穿いてるのに全裸に見えるショー』の魅力を凝縮した作品だ。ベーシックな『パンツを穿いてるのに全裸に見えるショー』はもちろんのこと、国際的な活躍を視野に入れていることを匂わせる同パフォーマンスの英語・韓国語・タイ語バージョン、『キングオブコント2011』王者・ロバートの秋山竜次をゲストに招いたコラボレーションパフォーマンス『穿いてるけど全裸に見える体モノマネショー』、全裸に見えるポーズを取っている三人の安村の中から本当は穿いている安村を当てる『全裸クイズ』など、テレビバラエティよりもディープでセンシティブな安村を楽しむことが出来るようになっている。とりわけ、全裸に見えるポーズを取りながら繰り広げられる学園ドラマ『全裸学園』は、珠玉の作品だ。全裸に見えるポーズを取るたびに例の効果音が流れるのが、可笑しくてしょうがない。ちなみに、ヒロイン役として、セクシー女優の紗倉まなが出演しているが、彼女の全裸は収められていないので、彼女を目当てに購入を検討している思春期の男子は注意して頂きたい。

秋山とのコラボや全裸学園はなかなか見応えがあるが、正直、作品としてはあまりオススメ出来る内容ではない。ただ、安村の全裸パフォーマンスが好きで好きで仕方がないという人ならば間違いなく満足できると思う。興味本位で、レンタルしてみるのもいいのではないかと。なお、特典映像の『全裸アイドル』は、全裸パフォーマンスなどとは全く無関係な、本当に単なる安村昇剛のアイドル風プロモーションビデオなので、鑑賞される際には気を付けていただきたい。特に食事中の鑑賞は控えた方が。いや、本当に。


■本編【25分】
「4ヶ国語全裸」「穿いてるけど全裸に見える体モノマネショー」「全裸学園」「全裸クイズ」

■特典映像【5分】
「全裸アイドル」

『U-1グランプリ CASE 05「ジョビジョバ」』



“U-1グランプリ”という大会が開催される。若手芸人がウッチャンナンチャンの内村光良にどれだけ気に入られるかを競い合う大会である。彼らはステージ上で内村に対する愛をプレゼンテーションし、その熱い思いを押しつけがましくならない程度にアピールしなくてはならない。審査員には、さまぁ~ず、よゐこ、千秋、キャイ~ンなど、過去に内村と番組で共演してきた芸能人たちが参加している。審査委員長を務めるのは、内村の最悪にして最高の友人である出川哲朗だ。「チェン(内村)のことは俺が一番よく分かっている」と豪語する出川は、普段のバラエティ番組では見せないような真剣な表情で、若手たちのプレゼンを見つめる。そんな厳しい予選を勝ち抜いた先にあるファイナルステージでは、内村本人が審査する予定だ。

……すいません、冗談です。

“U-1グランプリ”とは、(モデルじゃない方の)マギーと福田雄一によるコントユニットだ。マギーと福田以外のメンバーは固定されておらず、毎回違った役者・芸人たちが集められて、二人が生み出した珠玉のコントを演じている。舞台は常にワンシチュエーション。2007年に開催された第一回公演は「取調室」、2008年に開催された第二回公演は「厨房」、2010年に開催された第三回公演は「職員室」、2012年に開催された第四回公演は「宇宙船<スペースシップ>」が、それぞれ舞台となった。出演陣には、後にブレイクした俳優も少なくなく、とりわけムロツヨシ(「職員室」)の躍進ぶりは強く記憶に残っている。

そんなU-1グランプリが、2014年にある一大プロジェクトに乗り出した。

時は90年代にまで遡る。明治大学の演劇サークル「騒動舎」に所属していた六人の男たちが、あるコントユニットを結成した。その名はジョビジョバ。メンバーは、長谷川朝晴、坂田聡、六角慎司、木下明水、石倉力。そして、マギー。ライブ中心の活動からスタートした彼らは、やがてテレビや映画などのメディアへと活動の場を広げていく。大多数ユニットとしては珍しく、メンバーが脱退するようなこともなく、着実にその評価を高めていた。ところが、2002年にまさかの活動休止。マギー、長谷川、坂田、六角は俳優として芸能活動を継続。木下は当初、タレント・俳優として活動していたが、後に引退し、現在は実家でお寺の副住職となっている。石倉は芸能マネージャー、ニート、日雇い派遣などを経て、現在はセガに入社しているという。

「活動休止」を謳っていたとはいえ、メンバー六人のうち二人が芸能の世界から引退しており、実質上は「解散」という扱いになっていたジョビジョバ。それ故に、復活することなど夢のまた夢だろうと思われていた。ところが……U-1グランプリにおいて、ジョビジョバを復活させようという企画が立ち上げられたのである。そして、それは見事に実現された。本作には、12年ぶりに復活を遂げたジョビジョバによって、2014年4月25日から5月6日にかけて赤阪RED/THEATERで開催されたライブより、5月3日の公演の模様が収録されている。

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『かもめんたる単独ライブ「下品なクチバシ」』



例えば、私たちは私たちが生まれてくるために、父親と母親が性行為を重ねたという事実を日頃は意識しないようにしている。不快であるからだ。この世に生を受けてから自我が芽生えるまでの間に、私たちは彼らが保護者であると認識する。彼らは私たちに食事を与え、教育を施し、一人前の人間に育て上げる義務が与えられている。その絶対的な関係には、私的な欲望が存在しない。両者を繋ぎ止めているのは、陳腐な言い回しになってしまうが、愛でしかないのだ。だからこそ、その根本に性に対する欲望があり、淫らで猥褻な重なりが生じていたことが分かると、それが当然の出来事であったと認識していたとしても、少なからず不快感が生じてしまう。

かもめんたるのコントにも、同様の不快感が生じている。

かつて「女の下ネタは笑えない」という通説が存在した。男が性器を露出したり猥雑なことを口にしたりしても笑いに昇華できるが、女が同様のことをしても笑いにはならない。後に、この意見は森三中や友近の台頭によって完全に否定されることになるのだが(最近では、相席スタートの山崎ケイが興味深い活躍を見せている)、では、どうしてそれまで女性の下ネタは笑えなかったのか。思うに、それが男性の下ネタの模倣でしかなかったためではないだろうか。男性の下ネタはあくまでも男性が笑わせるための下ネタであって、その手法をそのまま女性が取り入れようとしても、それは単なる愚劣な猿真似にしかならない。その中途半端さの隙間から漏れ出した性的な生々しさが、笑いをかき消してしまったのではないだろうか。

……回りくどい話になってきたが、とどのつまりは「ある種の生々しさは笑いになりにくい」ということを言いたいわけである。本来、笑いとは日常の雑念から心を解脱させるものであり、故に、否が応でも日常の雑念を想起させる生々しさは笑いに繋がりにくい。しかし、かもめんたるはあえて、その生々しさに直面する。観る者が不快感を覚え、不安になり、時に苛立ちさえ呼び起こしかねないほどのグロテスクを、あえて誇張する。何故か。恐らく、彼らは創作が、コントがグロテスクな現実を超えると信じているのだ。

かもめんたるが2014年2月28日から3月2日にかけて新宿シアターサンモールで開催した第15回単独ライブ『下品なクチバシ』は、とある愛の物語を綴った舞台である。

「下品なクチバシ……」
「えっ? どうしたの、あなた」
「今、ふと頭に浮かんできたんだよ」


そんな、ある一組の夫婦の会話で幕を開ける本作。落ち着いた口調で他愛のない話を展開する夫と、彼にそっと寄り添う妻のやりとりは、まるで理想的な夫婦のようだ。だが、妻がある事実について触れた途端、夫は態度を一変させる。先程まで、いかにもしっかりとした大人であるように振る舞っていた彼は、ろくでなしのダメ人間としか思えない発言を繰り広げる。そのあまりのギャップに、観客は笑い声をあげる。だが、その人間の小ささが露呈されていくにつれて、少しずつ笑い声が小さくなっていく。『とある夫婦の夜』は、そんなどうしようもない夫の姿を描いたコントだ。

その後は、まったく関連性のないコントが展開される。悩みを抱えている後輩の相談に乗るために居酒屋に誘った先輩に奥さんからの電話がかかってきて……『相談』、家電量販店で電気シェーバーを購入した客が再び店を訪れて当時対応してくれた店員に「あの電気シェーバーを無くしました」と告白する『始まりは電気シェーバー』、優秀なお手伝いロボット・アルフレッドが抱いていた密かな野望とは『バージンロボット』など、どのコントも彼らならではの不気味な視点と発想が光っている。喫茶店を訪れた才能溢れる若者にウェイターが翻弄される『I 脳 YOU』は、いくつかのネタ番組で演じられているので、観たことがある人も少なくないのではないだろうか。

しかし、最後のコント『ちょっと長い結びのコント』が始まると、それらの関連性のないように見えたコントの数々が、この最後のコントに繋がっていることが分かる。とはいえ、それは「あのコントに登場したキャラクターが再び登場する」というような、三木聡的な演出ではない。それぞれのコントで掲げられていたテーマの一つ一つが、最後のコントを描くために必要な補助として浮き上がってくるのである。それはまさに、料理のフルコースだ。前菜、スープ、魚料理、肉料理はそれぞれの役目をしっかりと果たしているが、全てはメインディッシュに至るまでの道程なのである。

その果てには、グロテスクな愛がある。

ところで、かもめんたるの単独を見ていると、いつもパブリックイメージとのギャップに驚かされる。恐らく、一般的に彼らは、冷酷でアウトローなイメージを抱かれているのではないかと思われる(特にう大はそういうタイプのキャラクターを演じることが多い)。だが、こと単独ライブとなると、普段の表情からは見えてこない激しい熱情が垣間見られる。こういう側面がもっと多くの人に知られるところとなれば、彼らの単独ライブが地方でも開催されるようになってくれるのではないだろうか。地方民として、どうか頑張ってもらいたいところである。


■本編【78分】
「とある夫婦の夜」「相談」「始まりは電気シェーバー」「声。」「バージンロボット」「I 脳 YOU.」「全ての女優に幸あれ!」「ちょっと長い結びのコント」

■特典映像【16分】
ライブで放映した幕間映像を六本収録

『サンドウィッチマンライブツアー2013』+『サンドウィッチマンライブツアー2014』

サンドウィッチマンといえば、やはり『M-1グランプリ2007』における敗者復活からの優勝という快挙を成し遂げた漫才師としての印象が強い。常連組が早々に戦線を離脱し、ルーキーも明確に力不足を露呈していた当時のM-1は、何処からどう見てもマンネリ化の一途を辿っていた。そんな曇天模様の状況に希望の光を注いだのが、トータルテンボス・キングコングらリベンジ組だ。彼らの骨太で力強い漫才は、それまでの停滞ムードを一気に解消し、決勝の舞台に往年の盛り上がりを取り戻してくれた。一瞬、優勝者はこの二組のどちらかで間違いない、という空気になっていたように思う。そんな流れの中、サンドウィッチマンは華麗に決勝の舞台へと舞い降りて、より煌びやかな光で舞台を自らの手中に収めてしまった。「鳶に油揚げ」の例えの様に、彼らはまったく競争とは関係無いと思われたところから、鮮やかに優勝の二文字を勝ち取ってしまったのである。

だが、個人的には、サンドウィッチマンというと『エンタの神様』のイメージが強い。『爆笑オンエアバトル』を欠かさずチェックしていた私は、『エンタの神様』に出演している未知の芸人のことを低く評価する傾向にあった。それは別に、『オンバト』のことを絶対視して崇拝していたからではない。実際に、『オンバト』に出ていなかった芸人たちのネタが、いずれも面白くなかったからだ。彼らの多くは、大して練り上げられていない一言ネタを大量生産し、その薄っぺらなパフォーマンスで観客を盛り上げ、持ち時間を淡々と消費していた。なんとおぞましい光景か。とはいえ、芸人ばかりも責められない。そういうネタを番組が求めた結果、そういうネタをやる芸人ばかりが出演するようになっていたのだ。そんな『エンタの神様』にサンドウィッチマンが初めて出演したときも、私は大いに侮っていた。ところが、蓋を開けてみると、これが淀みなく面白い。私は大いに感心したが、それでも、これまでに『エンタの神様』が流してきたネタの数々によって私の心中に生じた吹き溜まりが、彼らの面白さを素直に認めさせようとはしなかった。罪作りな話である。

2015年現在、サンドウィッチマンは東北魂を胸に抱いた漫才師として、単独ライブで全国ツアーを展開するほどの人気を維持している。東日本大震災での被災を経験し、芸人として大きすぎる責任を肩に背負った彼らにとって、今や、全ての若手漫才師たちの垂涎の的だった“M-1優勝コンビ”という称号すらも小さい。はち切れんばかりのサービス精神で老若男女を分け隔てなく笑わせている彼らこそ、今最も“エンターテインメントの神様”に近いといえるのかもしれない。

(全然上手いこと言えてないぞ)

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プロフィール

菅家しのぶ

Author:菅家しのぶ
お笑いDVDコレクター。2014年5月からコンテンツリーグ発行のフリーペーパー『SHOW COM(ショーコン)』で名盤DVDレビュー「神宮前四丁目視聴覚室」を連載中。

連絡用メールアドレス
loxonin1000mg@yahoo.co.jp

Twitterアカウント
https://twitter.com/Sugaya03

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